放課後、飴のストックを教壇に置き忘れたのに気がついて俺は教室に戻った。

ドアを開けるとカリカリと熱心に机に向かってる女子生徒が一人。
お、感心感心、と近づいたところで、そいつの横顔が見えて俺は少し驚いた。

ほーぉこいつがねぇ?めずらしいこともあったもんだ。

何の勉強してんのかと後ろからそっと忍び寄って覗き込むと、広げられてないノート、力をこめて関節の白くなった手にはペンでも鉛筆でもシャーペンでもなく、彫刻刀。




「・・・何彫ってんの」

「見りゃ分かるでしょう先生の名前です」



机には立派な、極太の明朝体で『坂田銀』。
銀の字の端っこの方はまだできていないが、確かに、明らかにこれは俺の名前になる予定だろう。
なんのつもりだこいつは。
当然、というような顔つきでこちらを仰いだの頭を片手で掴む。



「こらこらこらこらガッコーの神聖な机を意味の無い文字の羅列で汚さなーい」

「よ、汚っ・・・これと一緒じゃないですか」



不満そうに口をとがらせて、細い白い長いの指は『山崎退(はぁと)』とボールペンで彫られた文字を指した。
いやいやいや。
しかし羨ましいな、ジミーのくせに。
・・・いやいやいや。



「ちっがーう、全然違うの。これはね、シャイな女の子が片思いの男子を思いながら、悩みながら刻んだきっちょーうな名前なんですぅ」

「だから一緒だってゆーのに」



はあ、と悩ましげには溜息をつく。非常にわざとらしい。
ハイ、ただのいたずらだと認定しましたー。



が何を思ってこんな犯行に及んだかは知らないけども、」

「ホラあたしってぇ、シャイだからぁ、」



は俺の言葉を遮って日頃出さないようなケバい声を出す。
ハム子の聞いてるとハムなだけだが、なかなかどうして。



「好きな人できてもォ、告白とか無理だしィ」



言いながらはククク、と笑い始める。
こいつめ。



「いや、だからよーするにですね、」



いつもの口調と声に戻ってはにやりと笑った。



「私は坂田センセが好きで好きでしょーがないってことデスよ」

「あ、そ・・・・・・え?え、えええええええ?」



ちょっと待って今なんて言いましたか!?なんて言いましたか!!




「おや、好きじゃ物足りない、と?えぇっとー・・・愛してますよ?先生」

「いや、あの、え、ええええええええええええええええええええええ!?」




いやあ、愛してるは照れますねぇ、さすがに。と後ろ頭を掻く
ってかシャイだから告白できないとか今言ってたじゃねーかコノヤロー。
冗談?冗談だよね?

は俺を押しのけるようにして椅子を引いて立ち上がり、俺の目の前に立ってにやり笑いを深くした。



「ってことで。返事は別に待ってません期待なんかしてません、と言いつつ心待ちにしてるのが乙女ってモンなんでそこんとこよろしくお願いします!」



では!と言いながら敬礼のかたちを作り、さーよーならー、と歌うように言いながらは教室を出て行った。


西日の差すオレンジの教室に残されたのは俺一人。





(あ、侮った・・・・・・!!)




不意打ちにまんまとやられた俺一人。

顔がにやけてくるのは、どうしようもないと思う。
















[2009/03/19 年下彼女様提出]