間に挟まっている話
「今日の観察によって発見した事」志村新八


合コン騒ぎの次の日のこと。

朝食当番だった僕は朝から万事屋へ行った。


「おはようございまーす」

返事が返って来ないのはいつものこと。
多分全員残らず夢の中だろう。
君は合コンのあと仕事も行ったわけだし、疲れてるだろうな。

そう思いながら、ソファで寝てる 君を起こさないようにそっと台所へ向かった。

「う、寒ぅぅ・・・・・・部屋の中も寒さ変わらないんだもんなぁぁ」

が。

「えぇ・・・なんで・・・?」

君のソファで銀さんが布団をかぶって寝てる。
そしてソファとテーブルの間に 君が体操座りで眠り込んでいた。何も被らずに。

応接間の床は冷え切っている。このままじゃ 君風邪をひいてしまう。それに、なぜそんな狭いところに。背骨痛そう。

「でもま、起こすのもなんだしな」

布団を銀さんの部屋から取ってきて(銀さんの万年床には、何故か敷布団しかなかったので、仕方なく神楽ちゃんの寝ている押入れを開けることになった)、 君にかけてあげる。

かなり不思議だったけど、そのまま味噌汁を作り始めた。
手を洗って、ねぎとキャベツと茄子を切る。
野菜を切るのは銀さんが一番うまい。で、その次に僕、だと思う。
神楽ちゃんは論外として、 君は味付けはそこそこいけるけど(銀さん曰く『新しい風』)野菜の切り方は投げやりだ。銀さんがこの間、最近のガッコじゃ何教えてるんだかねェ、と言っていた。言われた 君は全くめげずに、銀さん教えて下さい!と意気込んでいたけれど。
銀さんは、こーゆーのはな、感覚なの感覚、センスなのとか答えていた。矛盾している。
(僕は、そういえば 君って真選組の前はどこに居たんだろう、と思った覚えがある。アレ?)

味噌を溶いていると、ご飯が炊けた。炊飯器がピーッと電子音を立てる。
味噌汁をよそう前にみんなを起こそうと、まず応接間の銀さんと 君のところに戻った。

くーん、起き、・・・・・・なにしてんの?」

君は体操座りから正座になっていて、ぼんやりした顔で、銀さんの顔をじっと見ていた。
僕に気がつくと、ゆっくり顔を回して、目をごしごしこすって、

「新八さんおはようございます」

と頭を下げる。
なんとなく悲しそうに見えたのは、気のせいだったのだろうか。

「あ、 君、銀さん起こしといてくれる?僕神楽ちゃん起こしてくるから」
「やっぱり、一回起こして布団にうつってもらった方がいいですか?ソファじゃ体痛くなりますもんね」
「いや、そうじゃなくて」
「銀さんお布団に移ってくださぁい、あけましたよぉ」

話聞かねーし!
いつもだったらどんな話でも熱心に聞いてくれるから、きっとまだ眠いんだろうと思う。

(あけましたよ、って、銀さんの布団はいつもあいてるだろうに)

「んー・・・? ・・・?銀さん寝てねーよ・・・眠くねーもん・・・起・・・きてる起きてる」
「えェェェェェ?!何ィそのあからさまな嘘ぉぉぉぉ!」
「・・・るせーな新八。何もう朝?」
「朝ですよご飯できてますよ!」
「え、ご飯できてるんですか・・・?じゃあ銀さん朝ごはん食べたいですか・・・?お布団とご飯どっちがいいです・・・?」
「何、 君寝ぼけてんの?んじゃ銀さんと一緒に布団で寝る?」
「寝ません・・・。銀さんの布団は・・・・・・よく眠れないです・・・」

(何なのこの人たち!)

銀さんは大方はっきりしてきているのに、完全に寝ぼけている 君の会話はまだるっこしくて意味がわからない。

「え、なんで?寝心地悪かった?そりゃ悪かったな」
「違いまーす、いいにおいでふわふわでしたー」

君がにまーと笑う。
こういうとき、そうだった 君は銀さんの大ファンだったと思い出す。っていうかここまでくると一種の変態だとしか言いようがない。
どういう状況コレ?昨日一緒に寝たとかじゃないよね?まさかね、いくら 君でもね。

「いや、ふわふわはありえねーよ、確かに昨日干したけど基本煎餅布団ですから」
「たいようのにおいと銀さんの・・・あぐっ」
「いや待てお前それ以上言ったらお前変態だからいや変態だってのはわかってるけど」

銀さんに口を押さえられた 君がぶんぶんと頭を振った。
目をぱちぱちさせて、もう一回ぶんぶん振る。

「・・・ちょ、ちょっと待ってください」

銀さんがてろんと手を外すと、 君はどもりながら、でもくっきりと話し出す。わかりやすく冷や汗をかいている。

「今俺なんて言ってました?今俺なんて言ってました?!」

目が覚めたんだー。僕はいくらかほんわかした気持ちになりながら 君を見守る。
意識を取り戻した 君はいつもどおり常識的で、でもいつもどおり銀さんに対する敬意は常識の範囲外で、なんかもうすみません!と叫びながらひたすら頭を下げながら、耳まで真っ赤に染めていた。





そして昼時、仕事が休みの 君が昼食を作ってくれた。スープとお煮つけ。

、ごっさウマいアル!」
「ホントですか神楽さん、それはよかったです」
「料理の腕って上達するものアルナ」
「そうですね。レパートリーも増えたんですよ?」
「普通は上達するものだよナ」
「神楽ちゃんはなんでこっちを見ながらそれを言うの?!僕の方が神楽ちゃんよりは料理上手いでしょ?!あああ!まさか・・・姉上のことか!姉上のことかァァァ!それなら!!・・・・・・何も言えません」
「えぇぇっ!?あの美しいお姉さまが?そうなんですか?ま、まさかそんな風には・・・ぷっ」

ぷって 君、ぷって!
志村新八はちょっとショックを受けたよ!

「いや新八さん、今笑ったのはそうじゃなくて・・・むしろ自分自身にというか・・・」

自分自身の演技にというか、ごにょごにょ。
君がフォローを入れ始めた。
でも顔がにこにこしていますけど。お兄さん。
確かに姉上の全ての料理はダークマターだ。炭の塊以上の破壊力を持つダークマターだ。

「アネゴの料理は料理という名の殺人兵器製作作業アルヨ」
「ふっ・・・はははは!し、新八さん、一度お姉さまのお料理を拝見したいです」
「やめときナ ・・・・・・・次の瞬間激しい後悔の渦に突き落とされるネ」
「後悔の渦っ・・・!!」

とうとう 君は声も立てずに爆笑し始めた。

そこで銀さんの登場だ。

君が来てから少し規則正しくなっていたというのに、久しぶりに昼過ぎまで寝ていた。
くぁぁ、と大あくびをかましながらふらふらと現れる。
伸びをしている銀さんに 君が一番に声を掛けた。爆笑をようやっとおさめながら。

「ひぃ・・・銀さんおはようございます」
「おはようございます」
「おそようアルヨ銀ちゃん」
「みなさんおそよーごぜーます、っと。ん、うまそうな匂いがしてっなァ」
「銀さんお布団・・・すみませんでした」
「なにいってんの 君。じゃ銀さんも 君の美味しいごはんを頂きましょうかね」

へへ、と 君がぎこちなく照れたように笑って、たくさん食べてくださいね、と銀さんにご飯をよそう。
僕と神楽ちゃんに等しく向けられていた 君の笑顔は、銀さんに独り占めされてしまう。

「等しく」。確かに等しく向けられていた。

特別神楽ちゃんにと言うわけでもなくもちろん僕にというわけでもなく。
それを神楽ちゃんも気にする風でもないし。

(神楽ちゃんと 君、付き合ってるって訳じゃないのか・・・)

まあ当たり前だよな、と納得した。というか、あの考え自体が馬鹿らしかった。思えば銀さんをあれだけ崇拝する 君が、銀さん以外の人間と付き合うなんて芸当できっこない。

(アレ?つまりそれを逆から言うと、銀さんとしか付き合えないってことになるぞ?あれれれれ?)

「おいしいですか?銀さん、おいしいですか?」

さっき僕たちがおいしいって言ったのにな。確認なんてしなくていいのにな、とこっそり拗ねてみる。
まぁ、起き抜けの銀さんはいつもなんでもまずそうにもそもそ食べるから、仕方ないかもしれない。

「はいはい、おいしいおいしい。おいしいからゆっくり食わせてくれ、な?」

おざなりに答える銀さんに、 君はあいまいにうなずいた後、にっこり笑ってから自分の使った食器を下げ始めた。

(銀さんてほんともう……)

頭を抱えそうになったけど、とりあえず僕も続いて下げて、食器を洗う 君の横で朝ごはんの分の食器から拭くことにする。神楽ちゃんはおかわりを掻きこんでいた。
水の流れる音と、食器のかちゃかちゃ言う音と、神楽ちゃんのがつがつ言う音と、銀さんのもそもそ言う音しかしばらく聞こえなかった。

「おかわりー!!」

神楽ちゃんは口の周りにいっぱいなんやかやつけて誇らしげに叫ぶ。
ところが、高く差し上げたお椀と箸をがちゃんと置いて立ち上がろうとしたのを、銀さんが押さえつけた。

「神楽お前おかわり三回目だろ、残りは銀さんの」
「何言ってるアルか!昼メシのおかわりは最低五回って決まってるネ!」
「そんなこと誰がいつ決めましたかー。地球が何回まわった日ぃぃぃ」
「セコいアル!大人げないアル!銀ちゃんばっかりずるいネ!」
「なんで俺ばっかなの?銀さんまだおかわりしてませんーん」

おしあいへしあいしながら二人は台所までやってくる。

「こんなうまいもん神楽だけ五回もおかわりとか、そっちのがずるいっつーのぉ!」
「遅く起きて来た銀ちゃんが悪いんですぅー。悔しかったらもっと早く起きて来いヨ」
「掃除機みたいに食っちゃってお前ろくに味わってないだろ!味もわからない奴にはもったいないぜぇったい俺のほうがこのスープ好きだもんね!」
「銀ちゃんさっき においしいって言わなかったクセに!私は言ったけどナ!」
「今言うからいいんです! !」
「はいぃっ!」

目を丸くして二人を見ていた 君は銀さんの声にびくりと肩を揺らして声を裏返して返事をした。
銀さんはお椀とお箸を掴んだまま 君に向き直った。

・・・・・・あの、」

君はびっくりした顔をしたままだ。

「えーとな、」

神楽ちゃんがそろりそろりと鍋へと進み始める。

「だから、その」

じりじりと 君が顔を下げ始めた。耳が赤くなっている。

「今日の昼飯、」

銀さんがぽりぽりと頭を掻いた。目線をすこし上にずらした。 君はなおもじりじりと頭を下げる。

「いや、さっきから聞いてたからわかると思うけどよ」

ぽた
何かが落ちる音がした。

「え?ちょ、ちょちょちょ待てお前なんで泣いてんの 君!え?意味わかんないんですけど!え?なに?」
「いやーあははははっなんですか銀さん泣いてないですよ泣くわけないじゃないですかこっちこそ意味わかんないんですけど!それじゃ洗い物するんで!どーぞ銀さんはご飯をお召し上がりになってください」
「敬語変になってきてるから!ちが、待て最後まで言わせろって」
「やっぱりトイレ行ってきます!」
「おいおいおいおい くーん?」

追いかけようとする銀さんに神楽ちゃんが宣言した。

「フハハハハハ!!スープは全部もらったアル!!!」
「神楽てめえ!」


僕はスープを鍋ごと抱えて走りながら口に流し込む神楽ちゃんを追いかける銀さんと、 君が消えたトイレの方角をかわるがわるみくらべ、しばらく呆然と立っていた。




【結論】僕はもうこの問題について考えることをやめました。







2010/10/10