合コンも無事終わったと思われ、帰っていく皆さんを見送って、さあて万事屋に帰ろうか、と揃って帰ろうとすると(お家に帰るまでが合コンです)、なんだか安部さんの視線を感じたので、振り向いてしまったのが運の尽きだった。
寂しそうなんだもん!反則だよあの美形で寂しそうな顔は!
お金稼ぐにこした事はないし?安部さんには一張羅をぼろにした負い目があるし?本当は休みのはずだったのに、そのままクラブに向かうことにしました。
銀さんには止められたけど。止められたのが凄く嬉しかったから、かえって労働意欲も湧いてくるというものですよ。
それに、クラブに向かおうとすると銀さんは、応急処置をしてあげるから、と器用に手当てをしてくれた。
ちょっと大袈裟な包帯に、店では驚かれたけれど、お客さんは心配してくれたりして、初心者なあたしには、会話の糸口にもなって、色んな意味で助かったのだ。
安部さんの一張羅は台無しになったけど、実は一張羅でもなんでもなかったんだなんていってくれたりして、安部さんはやっぱり優しい。
今日のことは誰にも言っちゃいけませんよって言われたから素直に頷いておいたけど、やっぱり安部さん黙って出てきちゃったんだろうか。
ま、それはいいのだが。
その腕大丈夫?大丈夫ただちょっと大袈裟に巻いてあるだけ。誰が巻いたの?お世話になってる人。へえ、その人のうちに住んでるの?うん。男装してるんだよね?そうそう。なんで?えっと・・・その人男なんだよね、それで・・・ええええええええ?!え、なんでなんでえ?!
ってゆーような会話から発展しまして。
「えーっ!!じ、じゃあ、
、今好きな人と同棲中!?」
「ど、同棲?!それはどうでしょうか!言っても向こうはあたしのこと男だと思ってるわけだし」
「でもいーなぁぁぁ・・・そーゆーの憧れるー・・・」
「ねね、今度遊びに行ってもいい?
の彼も見たいしー」
「かっ、彼って・・・・・・!!」
「何処住んでるの?」
「かぶき町だけど・・・」
「え、かぶき町の中!じゃあしってるかもじゃん!名前なんていうのー?」
「坂田、銀時、さん・・・しってる?」
「しらない・・・どんなひとどんなひと?」
「や、優しい、し、かっこいい。強いし」
「うわ、この子ベタ惚れなんですけどー」
「いやぁ妬けますねぇー」
わー、パチパチパチ。絶賛恋バナ中です。
銀さんの包帯、助かっただけじゃなかった・・・。
恋バナって、慣れてないせいか、凄く恥ずかしい。顔から必要以上に汗が出ている気がする。それでいて、あったかくなるような、ドキドキするような。銀さんを遠くから眺めているときのような。
それにすこし後ろめたい。銀さんもまさか
が、こんな話を大勢の女の子相手に話してるとは思わないだろう。ごめんなさい。
それなのに大勢に取り囲まれて、いつの間にか全部喋らされてました。怖いわぁ女子。
わいわいと喋っている(喋られている)と、凛とした声がそれをつらぬいた。
「坂田さま?」
凛さん。一瞬ざわめきが静まって、またわっと盛り上がる。
「凛姉さまお知り合いですかぁ?」
「まさか
の恋敵、とか」
きゅらきゅらとみんなは笑ったけれど、あたしは一人、それにぎくりとする。
凛さんに勝てるわけが無いもん。勝つつもりもないし。
でも、目の前で銀さんと凛さんがくっつくとしたら、いやだ。絶対に。
「いやだ、違うよ。昔私がひよっこだったころ、よく来て下すってた方だよ」
いや、それでもさ!
銀さんがクラブ・・・別に知り合いとかもいないのに・・・
いや、でもね!坂本さんに誘われたとかかもしれないし!
でもさぁぁ・・・何もこのクラブじゃなくてもいいじゃんさぁぁ・・・
「そうなんですか・・・」
「あはは、
、そんなに落ち込まないの。坂田さま、特定のお気に入りとかいらっしゃらなかったから。・・・・・・幾年も前からとんと音沙汰が無いけど、お元気でいらっしゃるのかい?」
「はい。万事屋銀ちゃんって知りませんか?そこの店主を」
「しらないねぇ・・・。でも、お元気ならなによりだよ」
「え、何々?白夜叉君の話?」
凛さんと同じくらいの齢のお姉さまが話に入ってきて、またあたしは冷や汗をかく。
白夜叉君て!なにそれ!
「ねえお光。坂田さま、お気に入りの子なんていなかったよねぇ」
「うんうん・・・っていうか、むしろ白夜叉君『を』お気に入りだったのがさぁ、」
「「オーナー!!!」」
「そうそう、オーナーの惚れっぷりが良かったよねぇ」
「あの髪がたまらんとか目の色が!とか声が!とか雰囲気が!とかさぁ」
「夢中だったよねぇ」
そしてなぜか二人は声を上げて笑った。
あたしはものすごく不安になる、のに。
こんな良いクラブのオーナーならお金持ちで、バリバリに仕事できるタイプの、そしてもしかすると凄い美人かもしれない。
「・・・オーナーさん、ですか?」
「おや、
はまだ会ってなかったっけねぇ?」
「面白い人よぉ」
二人はまた声を揃えて笑う。
「大丈夫安心しなさい
、坂田さまがオーナーに惚れる事はまずないから」
「いくら不老不死の超美人だとしても、ねぇ?」
不老不死の超美人?!なんだなんだ、その人性格に何か凄い欠陥でもあるのか!
それか5歳のまま齢をとらない、とか。
おろおろと周りを見渡すとみんなにやにやしている。
あ、これは絶対教えねえって雰囲気だな?
でもそれに安心されられた。まあいいや、銀さんの範囲外ってなら、それはそれで。
「凛姉さま!じゃあ、坂田さま、お呼びしませんか!?
のために!」
「おうええええ?!いつの間にそんな話に?!そんな、駄目ですよ!!駄目ですよね凛姉さま?!」
「いいじゃない、
。女のカッコしたあんたに惚れちゃうかもよー?いいですよね凛姉さま?」
「ないない、それはない!確実にない!絶対にない!それに、バレたらどーすんの?」
「いいかもねぇ・・・私も久しぶりに坂田さまにお会いしたいし、お呼びしてみるかねぇ」
「あら、じゃあオーナー呼ばないと」
「ちょ、凛姉さま!お光さん!」
「来て下さるかどうかわからないだろ?
」
「で、でも!!」
うわあああああああ!!!
助けてええええええええええ!!!!
「じゃ!今度!次の機会にしましょう!今日は駄目です、腕の怪我でバレます!また今度心の準備ができてから!」
あわあわと叫んだあたしの言葉に、みんなはしょうがないねぇと許してくれた。
ああ良かった!
いくら山崎さんがいい人でも、一隊士がスナック通いすることは、経済的にも立場的にもそりゃあ無理で、それにもちろん銀さんに話す気は無いし、あたしは草木も眠る丑三つ時、一人で万事屋への道を急いでいた。
なまじ給料袋(封筒だけど)なんて持ってるだけ、夜道は少しばかり不安である。
日払いにしてもらったから割り引きになるのだが、それでももらいすぎなほどもらっている。
どうしてこんなにもらえるのか考えてみたのだが、それはきっとクラブ『遊郭』の特別な外観と制度にあるのだと思う。
特別感ってのは、いつだって高くつくものなのである。マル。
「それにしても今日は・・・楽しかったなぁぁぁ」
合コンも、それに恋バナも、少しは。
一人呟いて銀さんの巻いてくれた包帯の右手をぐっと握る。
あたしはお金の入った封筒を耳の横で振ってみる。
かさかさと音がした。
銀さんの役に立てると思うと、涙が出るほど嬉しい。
これで、銀さんがお腹すかせたり、暑い思いしたり、家賃払えなかったりすることなくてすむんだ。
もう一回振ってみる。
かさかさ
あたしは多分、クラブの皆さんに気に入ってもらえている。
経営が厳しそうな雰囲気も無いし、よっぽどのことでもしない限りクビにはならないと思う。
一日にこれだけ。
これが週に4回。
アパートとか、小さな家とかでもいい、つまり、住まいを借りる事ができる。
万事屋に住まなくて、もちろん、いい。今置いてもらっているのは、色んな意味で居場所がないからだ。その理由がなくなる。
確かにあたしは住民票がないけれど、保証人には銀さんがきっとなってくれるだろうし、きっとこの世界は少しばかり現代日本より単純なつくりになっている。
正直、性別をごまかしていくのも疲れた。
銀さんの一挙一動に、嫌われたんじゃないかと不安になることも。
銀さんはあたしのことなんてこれっぽっちも意識していないのに、あたしの方は銀さんが例えば右手を上げるたったそれだけのことにさえ、心拍数をあげなくちゃいけない。
「不公平だー」
満天の星空を仰ぐ。
惚れたが負けとは言うけれど。
「不公平だなー」
今日、屋形船の騒動のなか、どさくさに紛れてしがみついた銀さんの体温を思いだす。
怪我の手当てをしてくれたときの、器用な指を思い出す。
そしてそのときのバクバク言う心臓もわけわかんなくなる頭も。
苦しいんですよ。銀さん。
思い浮かべただけで全身締め付けられるような、泣きたくなるような、こんな感覚は初めてだった。
つきつき、ずきずき痛いような。
なんで痛覚神経まで持ち出されなくてはいけないのか。
暗闇の中は、視界がぼやける。
ぼんやりと歩いていると、道の先に白い人影が突然現れて、ぎくりとした。
一瞬、本当に幽霊かと思った。
「銀さん!」
歩き方から銀さんだとしれる。
鏡なんか見なくても、自分の顔がにやけているのがわかる。
でれんとして、でも目の端はひきつって、絶対に変な顔をしてると思う。
名前を呼ぶと手を挙げてこたえてくれて、心臓がさっきとは違う意味で跳ねた。顔が熱くなる。冷や汗が出る。
好きで好きで、好きで好きで、しょーがないんですよ。
家を替わると、銀さんにお金を渡せなくなる。
だってもう居候じゃないから。
そうだ、お登勢さんに直接渡そうか。
そうだそうしよう。
万事屋を支える妖精さんになってやろう。
あたしはそんなことをまるで将来の夢のようにぼんやりと、しかし確定した事項として、胸に書き留めた。
「
君オシゴトお疲れ様ァ」
「銀さん、もう夜も遅いのに!夜の一人歩きは危ないですよ」
あたしの言葉に銀さんが面食らった顔をする。
同時にあたしも目を丸くした。
「いやっ、ホラ、幽霊とかは!強さ関係ないですし、ね?」
「ちょ、なんでいきなり幽、そ、そそ、ソレ出てきたの?!まさか
君見たとかじゃないよね?見たとかじゃないよね!?」
予想以上の反応のよさにあたしはますます慌てた。
それからちょっと嬉しかった。だってあたしにも怖がってくれた!
銀さん絶対余所の人の前では幽霊怖いなんておくびにも出さないだろうなぁと思ってたから。
「見てません!見てませんから!さぁ帰りましょう万事屋へ!」
「な、何?その慌て具合何?ホントにいない?ねェ、ホントに?」
もうどうしてわけのわからないことばかり言ってしまうのだろう、この口は。
銀さんにはいつも上手い事が言えない。
言いたい事が言葉にできない。
見つめ合ーうとー、のあの歌に共感する日が来るなんて思ってもみなかった。
見つめ合うとどころの騒ぎではない。
近くに居るだけで。目もあわせていないのに。
上がる心拍数をどうやって抑えてやろう。
「ばーさん、今日はまだやってるな」
銀さんがぼそりと呟いたので、さっきから行く手を照らしている光が、街灯のではなくて、スナックお登勢のものだと気づいた。
中から酔っ払いさん特有の上がり下がりする口調がとぎれとぎれに聞こえる。
きっと懐のでかいお登勢さんは追い出さないで愚痴でもなんでも聞いてやるのだろう。
「一応大家なんだけど、会っとくか?」
少し遠慮がちに銀さんがあたしに尋ねる。
意味を理解するまでに数秒かかった。
「あ、ほんとだ挨拶してない!それダメですよね、マナー違反ですよね?」
「いや、嫌なら別に?どうせそのうちばーさんの方から鼻つっこんでくるでしょーからねェ」
のちのち万事屋の妖精さんになるためには顔がしられてないほうが便利かもしれないし、正直新しい登場人物とかかわりを持つのは少し煩わしくなってきつつあったのだけれど。
「礼儀としては・・・挨拶しておくべきですよね」
「そんなんあのばーさんは気にしねーって」
「いや!そう見えて実は気にしてるのが年寄りってもんですよ!」
「俺、年寄りとまでは言ってねんだけど」
「え?・・・ああ!こ、このことはアテレコでお願いします」
「オフレコな」
「おじゃましまーす、っと」
「なんだい?今日はもう仕舞いだよ」
銀さんがガラガラと引き戸を開くと、お登勢さんが不機嫌そうな声で言った。
キャサリンさんはいない。もう寝ているのだろうか。奥で仕事だろうか。
銀さんだとわかっているみたいで、こちらを見ようともしない。
かわりに、よっぱらったおじさんが大袈裟な動作で振り返った。
「こん、ばんはっ」
おじさんは心配になるほど勢いよく頭を下げる。
慌てて会釈を返した。
「兄ちゃんらひも、飲みらはい飲みらはい」
「あ、そりゃ、遠慮なく」
「飲みなってアンタ、もう何杯つけたと思ってんだい。アンタも乗るんじゃないよ銀時」
「こにょおらはんのころは気にしゅなくんれいーかられー」
「誰がおばさんだい誰が」
お登勢さんがやれやれと溜息をつく。
「で、そっちは何の用だい」
やっとこちらに首を回してぶっきらぼうにお登勢さんは尋ねてくれた。
銀さんがあたしを前に押し出すようにする。
「こ、こんばんは、数日前から万事屋にお世話になっております、
です。本当ならもっと早くご挨拶に伺うべきだったんですけど・・・。大家さんにはお世話になります」
お登勢さんがやれやれ、と首を振った。
「野郎ばっかり増えちまって、二階もむさっくるしいたらないねぇ」
「いや、銀さんはむさくるしくないですよ」
「ばっ、おま、まじめな顔して何言ってんの!」
銀さんが何故か照れた。
こんなの全然、褒めたうちに入らないですよと思ったけど、銀さんの照れた顔にあたしも照れたので何も言えなかった。
「で?銀時、住人増やすのにぁなんやかや言わないけどね、家賃はどうなってんだい?」
「この間雨戸修理してやったろ」
「もちろんお釣りがたっぷり来るってのはわかってるね?」
おお、お登勢さんの迫力!
これ凄いわ。あたしの習得したへなちょこな殺気なんて、確実に押し負けるわ。
銀さんがかわすのに苦労してるのを見て取って、あたしは口を挟んだ。
「あの、お登勢さん」
二人の視線がばっとこちらを向く。
「これで」
言いながら給料封筒を差し出す。
お登勢さんが銀さんを睨んで、銀さんが両手を顔の前でブンブンと振る。
あたしはさらに前に出ながら、封筒を押し付けるようにする。
「まァあたしゃあもらえりゃなんでもいいんだけどねぇ」
溜息混じりにそう言いながらお登勢さんは封筒を受け取ってくれ、ぺらぺらと中の紙を数え始めた。
万事屋に帰って髪だけ洗って、その髪をわしわししながらマイ定位置(ソファー)に戻ってくると、銀さんが座って小さい音量でテレビを見ていた。
おそるおそる隣に座らせていただく。
テレビに目を移すと、真昼間のカフェが映っていた。
タレント達が競い合う番組だ。
カフェやレストランをハシゴして、合計金額が高い方が勝ちで、負けたほうが全額払うという、よくあるタイプの。
もちろんしらない人たちばかりで、ふーんと思いながら眺める。
銀さんが隣でつまんねえなと言ってリモコンを持ち上げ、画面は競艇になった。
「それにしても、
君、せっかくのおきゅうりょ全部渡すこたなかったのに」
「そうですか?でも多分アレ一ヶ月分くらいしかないですよ?」
「ここの家賃やっすーいのよ」
「そうですか?」
「コラコラコラじゃあなんで払えないんだみたいな目をしない。色々あんのよ色々」
あたしが渡した、おそらく家賃一ヶ月分、多くとも二ヶ月分しかないであろうあたしの給料に、お登勢さんは五ヶ月分を無利子でチャラにしてやるよと言った。
余りの安さにあたしが抗議し始めると、お登勢さんより先に銀さんが止めたのが可笑しかった。
でも、ホントにいーんでしょうか。
明日改めてお礼に行こうかな、でも銀さんはずっとこんな感じなのかな、余計な事しない方がいいかな、と考えながら銀さんの顔を見上げる。
「
君今日は疲れたろ」
「そうですね・・・あ、そうだ銀さんも!お疲れでしょう?すみません俺なんかの迎えに」
「いやいや銀さん帰ってからずっと昼寝してたからね」
確かに疲れている。
脚とか腕とか、腹筋まで、こりゃあ筋肉痛だわ。
だってあの船の中、どっか筋痛めなかっただけマシです。
「眠くねーの」
「眠いです」
「銀さん昼寝しすぎて眠くないから朝までテレビ観てるわ」
だから
君は銀さんの布団で寝なさい。
・・・・・・はい?
「えええええ?!そんなもったいない!畏れ多い!ダメですよ!銀さんちゃんと布団で寝てください!」
「だぁから、眠くないって言ってんの」
「でも・・・・・・」
「いーからいーから」
立ち上がった銀さんに背中を押されて和室に押し込まれた。
「銀さん!」
「
君往生際が悪いよ」
「う、おやすみなさい・・・」
「ハイおやすみー」
ぴちんとふすまが閉まる。
あたしは暗闇にぼんやり白く光る銀さんの布団を絶望的に眺めた。
銀さんが寝ていた布団。
ホント言うともちろん、うああああああってなるくらい、嬉しい。
よし、あたし。甘えてしまえ!
あたしは深呼吸してから、ごろりんと勢いをつけて布団に転がった。
布団に抱きついてまた深呼吸する。
銀さんのにおい!
[2009/07/27]