一枚目は賞状。
『ジャンプの神様まじ神って(以下略)』賞の賞状だろうからろくに読まずに二枚目にうつる。
(二枚目)
『但し、それによって人命を救った場合はその限りでない。
・・・以上で副賞『ジャンプの世界トリップ』の説明を終了する。
それではよい旅を!
(注:緊急脱出の際はミサンガを引きちぎる事)』
・・・・・・・・な、なななななんじゃこるァァァ!!!!
あっきらかに続きモンの後編じゃないですかぁぁ!!!
前編を出せ前編を!!!
こーゆーとこまで抜けてんですかァ君はジャンプのおっさん!!?
ちょ、まじ何が『但し』なの!何が『その限りでない』の!
お客様お問い合わせ先とか無い訳!!!?
これじゃあ緊急脱出の野蛮極まりない方法しか分かんないじゃないか!!!
「
さん?」
「うっひゃ」
「うっひゃって・・・」
「すすすすみませんちょっとふ、深く考え事をしていたもんで」
笹塚さんの無表情が目の前に降りてくる。
ちょ、顔近い!
「いや・・・いーけどさ、ソレ、どのような手段をもって我が家の冷蔵庫に送付されたわけ・・・?」
「さあ?」
二人揃って頭を傾げる。
笹塚さん、無表情でも可愛いなあ。
「笹塚さん」
「何」
「愛してますよ」
がたたたん!と音を立てて笹塚さんがあたしから後ずさった。危険人物ですかあたしは。
ふーんだ。もっともっと、自分がみんなから愛されてる事に気づけばいいんだ。
そうして、死ねなくなればいいんだ。
「
さん」
「何ですか」
「誤魔化されたような気がしないでもないんだけど」
「まさか」
にぃ、と笑って笹塚さんにちょっと首を傾げて見せて、思い出す。
笹塚さんに癒されてしまったけれど、そうだ、あたしは大変なことになっていたんだ。
「笹塚さん、どうしましょう。あたし、この世界で生きていけるかなぁ」
「!それは・・・」
「でも、笹塚さん、あなたからはあたし、絶対離れませんからね」
「え」
「それだけは、分かってるんです。笹塚さんと一緒に居ないと、ここに生きる意味が無いんです」
「・・・そーなの?」
口に出した後よく考えるとプロポーズまがいの言葉だけれど、まあプロポーズと取られてもなんら支障はないので、あたしは何も訂正せず、目だけ伏せて、溜息をついた。
「あ、そーですよ。あたしは何にも考えずに笹塚さんに引っ付いて回ればいいんですよ。それ以外、どうしようもないんですよ」
なぁんだ、そっかー、と納得したあたしに、笹塚さんは驚きの表情を納めて、ハァ、と溜息をつく。
「そこに、俺の承認はいらないわけ・・・?」
「二十四時間あなたの隣にいます。いーですか」
「駄目」
「承認されました」
「されてねーよ」
いや、笹塚さんの承認なんて知りませんよ。
あたしは笹塚さんを守るためにこの世界に来たんだから。
自分勝手?
ええ、結構ですよ。
自分勝手上等。
笹塚さんも命を救われたくなんかないだろうって?
ンな訳あるか。
そんな訳は、ない。絶対ない。絶対に、無い。
「笹塚さん、あたし、笹塚さんに会えて本当に良かったです」
「そりゃどーも」
おざなりに片手を挙げた笹塚さんは、床に座り込んだまま、目の奥で、微かに笑った気がした。
「で、
さんはどういう事情で困ってたわけ」
「あ、それはもーいいんですよ。解決しました」
あたしたちはテーブルに戻り、朝食を再開した。
しかし、彼の朝食が、こんなにのんびりしたものだとは!何より、
笹塚さん白米食べるんだ!
絶対コーヒー一杯、とか、良くてトーストだと思ってたもの!
米は良いよね。
なにより、口にくわえて出勤、が出来ないのがいいの。
それもカッコイイとは思うのだけど。
笹塚さんにはもっとのんびりしてもらいたいんだ。
もっと幸せになって欲しいんだ。
「・・・解決って・・・さっきのアレ?」
「はい!笹塚さんの後ろを付いて回ればいいことになりましたから!」
「あのね・・・」
「あ、後ろじゃなくてもいいです!横も可!」
「・・・一応、俺、警察なんだけど」
危ないんだけど、と笹塚さんが重ねて言う。
「・・・・・・知ってますよ」
嫌になるくらい、知ってますよ。
笹塚さんの言いたい事も、分かりますよ。
危険の原因が、警察であることだけじゃないって、わかってますよ。
「私は、笹塚さんに、ついていきます。何が何でも、どこへでも、ついていきます。ですから、」
あたしはひゅう、と息を吸い込んで、笹塚さんの綺麗な目を覗き込み、続く言葉を飲み込んで、目をそらす。
(だから、あたしみたいな『一般市民』に危険が及ぶのが嫌なら、危ないところに行かないで下さい。笹塚さん)
言えなかった。
だって今生きていて、こんなにも生きていて、とにかく、生きている彼にそんなことは。
テーブルの木目に目を落とす。唇を固く噛んだ。
違う事を考えろ、自分。
違う事を。
今、ここに、笹塚さんは生きてる。
死 ん で な い ん だ
「お願いします」
掠れた声が出た。
何を、とは言わなかったのに、笹塚さんの纏う空気が少しだけ重くなる。
「俺は」
笹塚さんの言葉に何か、空虚な物を感じ取ってふ、と顔をあげる。
反射みたいな物だ、笹塚さんを守るための反射だ。
「俺は、自分の為なら、どんな犠牲も厭わないんだよ」
そんなにんげんだよ、と笹塚さんが苦々しく笑う。
笑った
苦笑いであろうと、
笑った
こんなにも胸がざわめく笑いは、この短い人生の中に、一つも無かった。
嗚呼。
泣きたい。
「・・・いいんですよ。あたしの人生の意味は、一秒でも長く、笹塚さんの傍に居る事なんですから」
「・・・そんな薄っぺらい人生でいーの」
「薄っぺらくなんかありません!!!」
薄っぺらくなんかない。笹塚さんの命を守ることが、薄っぺらいこと?まさか。
笹塚さんと居る事が、どうして薄っぺらくありましょう?
「薄っぺらくなんか、ないですよ」
「・・・そー」
信じてもらえないなら、危険から遠ざけられてしまうなら、笹塚さんから距離をおかれてしまうなら、そうだ。
あたしは突然現れた正体不明の人物。
人かどうかもわからない人間。
それならば、自分に都合のいい自分を、演じてしまおう。
あたしの命なんて、多分、どうにでもなるのだから。どうにもならなくとも、どうでもいい、のだから。
立ち上がって、笹塚さんの傍まで歩く。
「実は私は、笹塚さんを守るために、異世界からやってきたんです」
「?」
「それだけが、私の生きる意味なんです」
笹塚さんの座る椅子の足元に跪いた。
は、初めてだよこんなことしたの!
うわあ!
「私の体は、異世界のものですから、大丈夫、傷つく事はありません。だから、どうか危ないなんて言わないで下さい。遠ざけないで下さい。いつも傍に居させてください」
深々と頭を下げる。
笹塚さんの静かな呼吸が聞こえた。
「・・・それが嘘なのかホントなのかは分かんねーけど」
こんなわけのわからない状況でも落ち着いている笹塚さんは凄いと思う。
自分でもわけわかんねーと思ってんのに!
跪いた体勢のまま、視線を上げて笹塚さんの表情を伺う。
笹塚さんは無表情に腕を伸ばして、あたしの頭の上に手のひらを置いた。
「・・・実を言うと俺も、
さんは大丈夫なんじゃねーかって、変な確信はあったんだよね」
最初から、と、そう続けながら笹塚さんはあたしの頭から手を離した。
「信じといて、いい?」
もちろんですとも。
あたしは床にさよならを告げて、立ち上がっている笹塚さんを見上げた。
高いひとだ。強いひとだ。
だけど、自分を大切にすることができない、優しすぎるひとだ。
しっかりと目を見つめ、声を励まして、言う。
「ありがとうございます」
トパーズ色の目が揺らいだ。
抱き締めたい衝動にかられて、でもあたしは我慢できるんだ。
しょうがないから笹塚さんの代わりにあたしは笑う。
「ごめんな」
そう呟くと少女は驚いた顔をする。
表情豊かな少女だった。
「ごめんって何が」
さんの声が尖る。尖る?いや、それは少し、悲しげで。
でも、だって。
俺の都合で勝手に信じて、もしかしたら
さんだって危ないかも知れないのに、危険に晒すような真似をしようとしている。
信じたいものになんて久しく出会っていなかった。
出会う必要なんてない、一生出会わないと、思っていた、いや、決めていたのに。
それが現れた途端にこんなにも、縋ってしまうなんて。
弱い、人間だな、俺は。
自嘲の笑みすら漏らすことのできない俺は、本当に弱い。
「いや・・・なんでもない」
誤魔化すと、彼女は少し寂しげな顔をして、そうですか、と言った。
それから、あ、と声を上げて、
「笹塚さん、今日はお仕事、お休みですか?」
「あー・・・うん」
「やっぱりそうですよね、お仕事ですよね・・・って、え?・・・や、休みですか?!ほ、ホントに!?」
なんでそんなに驚かれるんだ?
「今日は何するんですか!何するんですか!」
あたしははしゃいだ。はしゃぎまくった。
休みだぜ!笹塚さんともあろう人が!
ってこたぁまだまだ世界は平和だってことじゃんか!
うふふふふふ・・・しばらく何の心配もせずに笹塚さんと遊べそう!
「高校生で探偵やってる、桂木弥子って知ってる?」
「知ってますとも!」
「その子と・・・その助手と。釣りに誘おうかと思ってる」
「あー、釣りに!・・・・・・え」
「どーした?」
突然表情を凍りつかせたであろうあたしに、笹塚さんが怪訝そうに首を傾げた。
答えられない。声が出ない。
冷や汗がにじみ出てくるのを全身に感じる。
頭がワンワンと鳴り始めた。
口の中が乾く。
「釣り、ですか」
まさか、そんなことが。
[2009/06/13]