テンション上がってる時の怪我は痛くない。その時は。

ガタン


船が大きく揺れた。



船の欄干始まる前の短い板の部分、本来なら縦であるところ(なんか名前あるんかな)に、立ってる安部さん、座り込んでる銀さんとあたしと九兵衛さん。
下を向いていたほうの舳先が、ゆっくり上を向き始める。


ズ・・・ズズ・・・


「うわわわわわ」

「落ちる落ちる落ちる落ちる」

「いやだから九兵衛さんそれ禁句なんですってば!」

「それにアレですよ。これ落ちてるって言うより、元に戻ってるだけですからね」

「なんでオメーら二人はそんなに落ち着いてんだよォォォ!!!」


ずりずりと板を伝って部屋の中へゆっくり流れ込む。
傾斜角度が小さくなっていく。ほどなくして、完全に動きが止まった。
空に安定して浮いて動かなくなった船の部屋の中は、まあ予想通り悲惨な状態だった。
食事はほとんど皿ごとなくなってるし、部屋の隅には桂さんと近藤さんが折り重なって気絶しているし、その近くには憔悴した新八が溜息をついているし、お妙さんは怯えきった死兵軍団を落ち着かせようと奮闘しているし、それに横槍をいれているのは神楽ちゃんだけど。

それから・・・


「三味線のおじいさん!」

「飛び降りてった兄ちゃん!」


上座に腰を下ろし、平気で三味線を鳴らし始めたおじいさんにあたしは駆け寄る。


「楽しかったですね!」

「最高にな!」

「今度一緒に遊園地行きませんか!年齢制限のないトコを探して!」

「よっし楽しみにしとるぞ!」


よっしゃぁぁぁ!絶叫友達ゲットぉぉぉ!!
お金ためて絶対遊びに行ってやる!


さん さん」

「なんですか・・・・・・正明兄さん」

「おにーさんもジェットコースター好きなんだけど」

「あ、そうですか」

さんっ!」

「あ、武州村さん!」

さん、お怪我なさってないですか?随分勇気のあることをなさっていたけど」

「勇気?や、そんな大袈裟な。怪我はまあ、それなりにしてますが」


あたしは体を見下ろした。
今日は安部さんの少年時代の一張羅を借りたのだが、当たり前だが見事に汚れている。あああ安部さんごめんなさい。
でろでろになった袖をまくってみる。


「うわ、痛そうですね・・・」


なよっちい腕にはあちこち擦り傷きり傷が出来ていた。
酷いのからは、だらだらと血が流れて白い(安部さんの)着物を現在進行形で汚している。
傷口を見ると、今更ながら痛さが込み上げてきた。


「そうでもないですよ」


あたしは平気なフリをして笑って否定する。
あたしより重傷なのは明らかに安部さんのお下がりですもの。


「あ、私、絆創膏もってますよ?要りますか?」

「ありがとうございます!いやあホント、武州村さんは優しいなあ。気がきくし、綺麗だし」

「や、やめてくださいよ さん」


青白い頬をほんのり(凄くほんのりです。マイナスからのスタートだからね)赤く染めて、両手を胸の前で振って否定する武州村さんは本当に可愛いと思う。
にこにこしながら武州村さんを眺めていると、銀さんが左隣(安部さんの居ない方)にやってきて、武州村さんにちらりと目をやった後に、安部さんにガンつけてから、当たり前のようにあたしの肩に手を回した。


「うわ、どうしたんですか銀さん!」


手が!銀さんの腕が!肩に!体温が!熱!熱くないけど!顔近っ!近ぁっ!!
やばいやばいやばいなんか色々やばい今絶対変な顔してるあたし!
あああ心臓がやばい何この心拍数何この心拍数


くーん、なァにナンパしちゃってんのー?」

「え、いや、ナンパって・・・・・・今日、合コンでしたよね?」

「でもアレでしょ、素人さんに手を出しちゃまずいでしょー」


素人?
何の素人?合コンのって言うならまさにあたしがそうですが。
至近距離にある銀さんの顔を直視することはもちろんできなかったので、武州村さんにぎこちなく笑いかけながら考える。


「おねえさん、このにーさん、ホストやってる人だよー。騙されちゃダメだよー」


銀さん、それはちょっと違うんですってば!
でもまあ似たようなもんだしな、はっきりと違うと言えるわけでは・・・


「へぇ、しりませんでした。 さん、ホストだったんですか。へーえ初耳だそれは」


銀さんとは反対の右隣から、皮肉たっぷり余裕たっぷりの美声が流れてくる。
安部さん・・・・・・なんでそこでそれですか。


「・・・もー分かった。もーいいです、銀さん堪忍袋のしっぽが切れました」


しっぽ!銀さん惜しい!「尾」違う。「緒」ですよ。ヒモの方ヒモの方。


「表出ろやァ、そこの」

「安部正明ですよ、白夜叉の坊ちゃん」


坊ちゃん?!と反応したのはあたしだけで、銀さんは怒ってるフリをしながらも冷静そうに見える。
私のために争わないで!とか言ってみようかとほんの一瞬だけ思ったけれどさすがに思いとどまってやめた。
この落ち着き具合、不自然な乱入の仕方。銀さん、多分安部さんと話したいことがあるんだ。
安部さん何故か白夜叉時代をしってるみたいだし。

あたしはぐるりと周りを見渡して、死兵軍団をなんとかなだめたお妙さんが新八を慰めているのを見つけた。
ようし、『先輩のお姉さまにご挨拶しておこう』タイムだ!

武州村さんには三味線のおじいさんを紹介し、ちょっと、と言いおいて志村姉弟のもとに向かう。


「新八さーん」

君!怪我したでしょ?」

「ああ・・・まぁ」


特に酷く血で染まった右袖を持ち上げつつその腕で後ろ頭を掻くと、新八の目はそれにひっついて動く。可愛い。


「新ちゃん、そちらは?」

「あ、紹介まだでしたっけ?姉上、万事屋新メンバーの 君。 君、僕の姉上」


きちんと正座し、礼儀正しく見えるように微笑んでみる。


「お初にお目にかかります。 と申します。万事屋では新八さんにはいつもお世話になっております」

「志村妙って言います。新ちゃんをよろしくね」

「新八さんから綺麗な方だとは聞いておりましたが・・・本当にお綺麗ですね」

「あら!ほほほ」


銀魂の世界は、美しくないキャラに厳しい。
くっきりした二重、長い睫、白い透けるような肌と黒髪のコントラスト、目、鼻、口、眉、全てにおいて形の良いパーツ。
お妙さんは本当に美人だ。
顔だけじゃない。笑うときに口に添えられた、まさしく白魚のような指。綺麗な形に整えられた爪は桜色につるつるしている。優雅な物腰。よく似合った、華やかな色の着物。
あたしは今、「女」じゃなくてよかった、と心底思った。

あたしたちのやりとりをにこにこと聞いていた新八が突然、はっとしたようにぐっと身を起こし、お妙さんの肩を掴む。


「姉上っ! 君とかどーですかっ」


ひそひそひそっ

いや、モロ聞こえですよ。





















君と兄弟!それって素晴らしくないか!
マダオだのゴリラだのを我慢して受け入れなくていい、僕の知り合いの中で唯一まともだと思える男の人!
優しいし、気はきくし、まっすぐだし、浮気しそうにないし・・・・・・いや、でも、夜のお仕事、だっけか・・・
いやでもそれは万事屋のためで、というか銀さんのためで・・・・・・あああああの銀さんに対する入れあげ具合もちょっと、いやかなり問題かも・・・


「礼儀正しい子ね。顔も結構きれいだし。でも、身長がちょっとね」

「姉上、男は身長じゃないですよ・・・でもまあ、いいです。 君は友達のままの方が心臓にも悪くない気がしてきました」


姉上は僕より少し背が高い。 君は僕とほとんど同じか、ちょっと低いくらいだ。
姉上がキャバ嬢だとはいえ、ホストの嫁は多分辛いんじゃないかと思う。
それに、いくら同性だとは言っても、違う人をあんなに慕われては、辛いよなあ。


「何をぐちゃぐちゃ言ってるアルカ。 は私のモンって決まってるネ」


正座した 君の背中に神楽ちゃんがとびついた。 君が勢いよく前のめりに突っ伏す。大丈夫ですか。


「かっ、神楽さ、んギ・・・ブっ!きつ、いです」


大丈夫じゃなかった!
神楽ちゃんが慌てて背中から降りる。
君はげほげほと咳き込んだ。


!大丈夫アルカ?」

「ごほっ・・・大丈夫です。・・・それにしても・・・さっきの神楽さんの言い方・・・・・・沖田さんみたいだ」

「なんでそこで沖田のヤローが出てくるネ!」

「あはは」


神楽ちゃんが憤慨するのを、 君は可笑しそうに笑う。
必要以上に怒りを態度に表す神楽ちゃんと、心底リラックスした様子の 君は、なんだか凄くお似合いに見えた。


「あら、新ちゃん。私の入る間なんて、ないじゃないの」

「・・・・・・」


確かに二人は『一つ屋根の下の同じ年頃の男女』で、そうなる事も充分あり得たのだけど。
万事屋のメンバーとしては、思いがけないほど、実際、かなり、寂しかった。
















「手短に願いますよ、早く さんのところに戻りたいんで。白夜叉さん?」

「お宅はさっきからいっちいちいちいちなーにが言いたいんですか」

「・・・あなたは、なんにもわかっちゃいない、って事ですかね」


整った顔で澄ました表情を作る男を見ると、イライラが募った。
この男は、 のこと俺のことあたかも全てをしってるかのような、思わせぶりなことばかり言う。
挑発だとは分かっていても、ノってしまうのは人間の性と言うやつで。


「だったらお前さんは何を」

「さあ・・・まぁ、まず職場しってますしね」


ふっと鼻で笑う。
あああクソうぜぇぇぇ!
正直、ホストじゃないなら はなにやってんのか、凄くしりたい。じゃあ聞けよって?
聞けるかボケェェ


「ヒントあげましょうか」

「・・・・・・」

「私と坂田さんは初対面じゃないんですが、以前会った場所がどこかわかりますか?」

「・・・生憎、野郎の面は覚えらんねー性質でねェ」

「それは残念だ」


くすくすくす。気持悪ィ笑い方をしやがる。
この歪みきった笑顔を に見せてやりたい。
一番腹が立つのは、歪んでもなお美形に見えるところだけれども。


「同じ男だから分かります。あなた さんのことを『そういう』対象としてみてるでしょう」


笑いを含んだままの声で男は言う。
かっと頭に血が上る。とっさに右手を左手で押さえ込んだ。
そんな俺に気付いているのかいないのか、男は笑いを納めて、そんな危ないところに可愛い さんを預けるのは非常に不安なんですが、 さんが貴方がいいと言うから、と続けた。

うん、それは、まあ、ね。

少しだけ怒りが引く現金な自分に苦笑いが込み上げる。


「それにしても、昔は坂田さん、年下趣味ではなかったと記憶しているのですが」


男はわざとらしく首を傾げる。
やっぱりこいつは人の神経を逆撫でするのが異常に得意だ。
もう殴ってもいいかな。





















あたしは遥か下に見える、きらきらした水面を見つめながら、こんこんと軽く後頭部を叩いた。


「痛」


は、俺のモンでィ』
いつも言われていたあの台詞。
聞くたびにあたしは、少し誇らしくて、でも寂しかった。

それは覚えている。

だけど、さっき頭の中に過ぎった感覚。


闇。
背中への痛み。
『俺のモンでィ』


既視感。


傷が塞がったはずの後頭部が鈍く痛む。はりーかあたしは。
痛みともやもやに自然と顔が歪むのを感じる。


「うーん・・・」


背後から人の足音が近づいて来るのが聞こえて、あたしはわざとらしく唸りながら欄干に肘を突いて頭を抱えてみた。
もやもやするのは嫌いだ。


「何ソレ 君、考える人?」


銀さんはあたしの隣で背中を欄干に預け、海の上で体を反らした。
ぐぐ、と伸びをするように、大きく。


「銀さん、危ないですよ」


あたしは銀さんの紋付の袖を掴む。
銀さんが落ちるわけ無いとはわかっている。
服を掴む必要なんてなおさら無いのだ。
銀さんを助けようと思ったのではない、銀さんにすがりたかっただけだ。
形だけでも。


君」

「なんですか?」

「・・・やっぱ、なんでもね」


銀さんは溜息をつきながら体を起こした。
あたしはしぶしぶ服から手を離す。


「あ、そうだ銀さん、今この船の動力室ってどうなってんですか」

「おォ聞いてくれや 。我がんとこの若可愛さと思い込みの激しさでもって動力室乗っ取ったおっさんが居てだなァ・・・」


今、東城さんは、本来の動力室員の方々を縛っていた紐で縛られているそうだ。
もちろん九兵衛さんの手によってだ。


「でも思うんですけど、銀さん」

「ん、何?」

「このままのんびりしてると、近藤さんと桂さん目ェ覚ましますよ。面倒くさくないですかね」

「ダイジョブダイジョブ。奴ら目ェ覚ました瞬間に気絶さすよー言ってあるから」


神楽ちゃんに。
そらァ凄まじい目覚めになりそうで。






























もう何度目か分からない気絶をしでかした(させられた)近藤さんと桂さんを、新八とエリザベスがそれぞれ担ぐ。
ぐるぐるに縛られた東城さんを、九兵衛さんはずーりずーりと思いっきり引きずりながら帰っていった。


「容赦ねェなァあのガキ」

「あんたもな」


仮にもお友達でしょう、と新八は銀さんにため息をつく。
お友達?と銀さんは語尾を上げて繰り返し、


「仮にもてめーの姉ちゃんの婚約者だろーが」


と言い返した。
違いますよ婚約者なんかじゃありませんよ、と新八はむきになっている。
その様子が可愛くて笑みがこぼれた。久しぶりに同年代の男子に癒されてしまった。
お礼にと言っては何だが、フォローを入れてみる。


「新八さんは近藤さん殴って気絶させたりしてないじゃないですか、銀さん」

「ばっか 俺だってんな事してねーよ。殴る蹴るしたのは神楽ちゃんです!」


何を言ってるアルカこのマダオが!と神楽ちゃんは銀さんの背中に飛び蹴りをかました。
笑って見ていると、神楽ちゃんの下で銀さんが、見捨てるなんてヒドイ、と哀れっぽい声を出す。
だってどうやって助けろと言うんじゃ。

しばらくすると、お妙さんが何かを発散するかのように、銀さんイジメに参戦し始めた。
ううん、コレは本格的に危ないかもしれない。あたしだったら確実に死んでるな。


さん」


肩を叩かれ、振り向くと、そこには武州村さんとエリザベス(桂付き)が並んで立っていた。
色気の無い合コン同盟再結集だ。
二人が同時に白い紙を差し出す。その動きに、さっきの携帯無い疎外感を一瞬思い出した。


「武州村さん、エリザベスさん」

「コレ、私の住所です」

『これケー番です。いつでも掛けて下さい』

「うわあ!ありがとうございます!!」


ちょっと涙が出ちゃいそうなくらい嬉しい。
ありがたいことだ。


君、ナンパはほどほどに!女の尻ばっか追っかけまわしてんじゃありません!・・・・・・アレ、それ、女か?」

『性別もわからない謎の生物、それがエリザベス』


あ、エリザベスって名前、本人受け入れてるんですね。しらなかった。
いや、でも男でしょうホラ、あの時のアレ!すね毛!
あああ・・・・桂さんと結局一言もしゃべってない・・・



























「エリザベスさん、ケー番て・・・・・・コレに掛けたら、エリザベスさんの声が聞けるのだろーか」

プルルルル・・・ピ

「もしもし?エリザベスさん?」
『・・・・・・』
「おーい、エリザベスさーん」
『(オイエリザベスぽけべるなんぞ持っていたのか?!通話中ではないか。そういえば昨今のぽけべるは通話ができるという・・・。俺が話してやろう)・・・・・・こちらエリザベスだが』
「・・・か、桂さん?」
『桂じゃない!エリザベスだ!』


あ、そーですか。














[2009/05/13]