なんで眠い話が多いかな

俺の言葉を耳にした瞬間、腕の中で は身震いをして、一旦完全に止まって、それから振り向こうとした。
その動きを止めるために、腕に力を込める。





腰が、細い。
肩が、薄い。
腰から脚にかけてのライン、肩の柔らかさ。

それはやっぱり、まるで。


ぴーぴぴぴぴぴぴーっ!!!!今のなァーっしッ!!!


「ウッソウソ、冗談だぁって。んな怒んなよォ」


わざと軽くした声と反対に、細い体に回した手はそろりと離す。
動揺を感じ取られないように、感じ取らないように。
手放すわけにはいかないから。
手放したくはないから。

身体全体で感じた感触は、忘れなくちゃいけない。
あの高い不安定な声を、声の持ち主を万事屋のぼろっちいソファに縛り付けておくためには、
どこか遠くへ失くしてしまわないためには、


「ジミー、スパイかなんか?」

「・・・・・・へ?」

「偵察で 君の職場に潜り込んでたとかでしょ、 君大丈夫なの?職場ヤバいとこじゃないの?」


笑ってみせる。
一人でとぼとぼと少し怯えたりしながら、いや、楽しそうにでもいい。眠たそうにでもいい、とにかく一人で、帰ってくると思っていた の隣に誰か居たことは確かに嫌だったけど。
ジミーが俺に向けた咎めるような目に少しの反発も覚えなかったといえば嘘になるけれど。
それでも帰ってきたのはここだから、
俺は笑ってもいいはずだ。


だけど、容易に想像できしまった。



俺にとって、 が男だろーが女だろーがどっちでもいい。

(・・・・・・いや、どっちでもいいわけじゃないけどよ。ホラ、本質的な意味では、みたいな?)
(いやいやいや男でも手を出しますよって宣言とかじゃないよコレは)
(いやいやいや女だったら手を出しますよって訳でもないけど)

(・・・・・・。)

ただ、女だと『思われ』たら、邪魔に思われたら は、いとも簡単に万事屋を出て行くだろうと。

だから、 は男のままでいい。ホストでもなんでも。万事屋に帰ってきてくれるなら、なんでも。
















心臓が止まるかと思った。
いや、多分止まった。一瞬。


・・・・・・いやいやいやいやいや!!!

え?ホントに?ホントに?ホントにウソ?

な、なーんだ冗談か・・・・・・いやいやいやいや!!!


銀さんの後姿を凝視する。
右手で頭の後ろをボリボリ掻いて、左手は所在無げに垂らして、


くーん?」


あたしがついてきてないことに気付くと、振り向いてあたしの偽の名前を呼んだ。

反射的についていってしまうあたしを笑いたきゃ笑え。


だって、眠かったし、寒かったし、万事屋の明かりが暖かかったから。銀さんが、好きだから。























君のお店って、どんなお店なわけー?」

「ふ、普通ですよ」

「普通のお店はこーんな夜遅くまで開いてませんー」

「いやぁ!あああるんですよコンビニ的なファミレス」


24時間フル稼働、と付け加える。
ソファ、隣には銀さん。
いつもだったらドキドキものだけど、今は眠くて頭も朦朧としてるし・・・・・・あれれー。やっぱりドキドキします。
自分の膝を見ながら話すあたしの横で、銀さんはジャンプをぱたぱた言わせている。
長い指の動くのが目の端に映る。蛍光灯を反射して、肌の白さがちらちらと眩しい。


「そうなの?銀さんしらなかったなぁ」

「うっ・・・」


24時間営業のふぁみれすねー。そういえばあったかなー。
心が痛すぎた。
忘れてました、あたし基本嘘つけない人間です。
誰かに「お前女だろう」と言われたら絶対ハいてました。
バ、バレてるんだろうか。
バイト先云々の前に、性別はバレてるのだろうか。
それにしても銀さんのおん膝に触りたい。



「銀さん」

「はァい?」

「眠いです」

「・・・・・・そォいえば 君」

「な、なんですか」

「石鹸くさい」


顔を一つしかめて見せたかと思うと銀さんは口を開いてまた閉じて、頭を抱え込み、なんでだよ、と呻いた。
長い指が、もっさりと銀髪に埋まる。手を伸ばしたくて、つばを飲み込んだ。


「な、なんでとは」

「なんでホストなの?」

「へっ?」

「なんで俺は のアフターの状況まで気に掛けなくちゃなんねーの?」

「・・・あふたぁ」

「なんでジミーが一緒なのよなんで石鹸くさいんだよなんでそんな服着てんの」


ずらずらずらと言い並べると、銀さんははァ、と溜息をついて頭をますます深く抱え込んだ。ホントは眠いんじゃなかろうか。ってか服にダメ出しですか銀さん。ちなみにこれは沖田さんの趣味であってあたしの趣味ではありません。

そういえば石鹸くさいって言うのはよく女の人が恋人とか夫とかの浮気とか風俗遊びを悟っちゃうためのツールではないか、と思い出し、あやうく笑い出しそうになる。
帰りも遅いし、あたしが彼氏だったら、あっという間に修羅場だ。

だれとだよ。

どうも眠いから思考がおかしくなっているらしい。
わけのわからないことを考えすぎている。
それにどうも色々と理性が崩壊してきているらしい。
仕方が無い。今は夜で、眠くて、好きな人が隣に居るんだから。
多分眠いのは銀さんのせいだ。
銀さんがそのうつくしい顔を隠すからちょっと気が緩んでしまったんだ。


「ぎんさん、銀さんのせいですからね」

「へ?なにが?」


だってその腰が凄く魅力的。
長い指も広い背中も、ふわふわな髪の毛も。


「へへへー」

「え、なに、 君、なに?」


がしっ。

あたしは銀さんの腰に手を伸ばして絡みつく。
銀さんの頭が勢いよく遠ざかった。
眠い。
目の前に広がる白い布に顔をすり寄せる。


「おひさまのにおいですねぇ」


今日の昼は晴れてたのかなぁ、とぼんやりと思いながら、なおも顔を布に押し付けると、布の奥から銀さんのにおいがした。
あたしはうっとりと頬をゆるめる。
強烈な眠気が手脚の先からのぼってくる。



「銀さーん、好きですよー」



君!?と慌てた声が遥か上方から降ってきたが、絡みついた腰はあまり動かなかったので、絡み付けた手はそのままに、よいしょとソファに体全部をのっけて、銀さんの膝に頭を落ち着かせ、銀さんのお腹あたりの布に顔を埋めた。





























妙にはっきりと目が覚めた。
空気の感じからまだ朝だとわかる。
腕の中の物を目を閉じたまま抱えなおして、ぼんやりした頭で夜の出来事を思い出す。
1、山崎さんにバレたこと。
2、銀さんにバレたかもしれないこと。
3、銀さんにホストだと思われていること。
4、銀さんに服の文句を言われたこと。

・・・えとせとら。


考える最優先項目は、問答無用で2。よし。整理しよう。

あたしがここで男を装ってたのは、楽に衣食住を手に入れるためで、それは真撰組でもだけど、銀さんもああ見えて常識ある人だから、やっぱり男のままでいようと思ったからだ。
だから銀さんが気付いたにしろ気付いてないにしろ、気にしないのならそれはそれで・・・・・・

いや、でも迷惑だと思われたかもしれない。

銀さんは簡単に、どんな人間にだって情けのふりかけの大盤振る舞いをするから、あたしが色んなとこから追い出された可哀相なヤツだから、知らないフリして置いてくれるのかもしれない。
そんなんだったらいやだ。

銀さんの傍には居たいけど、銀さんに嫌な思いをさせてまで居座る事はしたくない。あたしでさえ。


うううと唸って暖かい物体に鼻先を強く押し当てる。すりすりと頭を動かすと、なんだかすごくいいにおいがした。良い気持になって、二度寝体制に入る。
と、上から叫び声が降ってきた。


「い、いいいいやだァァァァァ!!!!」

「新八うるさいヨ。百年黙っとけや」

「だ、だって 君が 君が 君が・・・・・・!!!」

「新八うるせーよ。 が起きっちまうだろーが」

「うわああさっきまで起きないから困るとか言ってた癖に!! 君にぎーんーさーんーの魔ーのー手ーがァァァァ!!!」


君早く起きて!危ない!と言う新八の声。
言われなくても起きていた。
そして忘れていた事を思い出した。すっげぇでっかいこと忘れてました。
あーあ。
あああ。
あああああ。

・・・あああああああああああああああああああ!!


(や、やっちまったァァァァ!!!)


ええはっきりと覚えていますともだってあたし酔っ払ってた訳じゃないもの。
ただひたすら眠たかっただけだもの。
あの時は大丈夫だと思ったの!!
むしろそうすべきだと思ったの!!
もうホント怖い。眠い時のあたしホント怖い。
ルカワ君とは違った意味で眠ってる時近づいちゃダメな危険人物だあたし。

しっかしまあ・・・・・・うわああああああああああ!!!!

もういやだ。
つまりアレだ。このあたたかいのは銀さんだ。多分。
寝てる間に近藤さんに入れ替わってるとかいうオチが用意されてなかったら多分銀さんだ。

ひょええええええええ
おーそーれーおーおーいぃぃぃぃぃぃ!!!
どうしようホントにどうしよう!!

今すぐ離れたいでもタイミング逃したし正直もう少しくっついていたいいやでもやっぱり離れたい。

ちょ、どうする?どうするあたし!



ドゴォォォォン!!!



「坂田殿ォォォ!!!私がお送りした『若の成長記録にっ・・・・・・ふ、封を破りもせずに朝っぱらいちゃこらですかァァァ!!うらやましいですぞォォォ!!私も是非若とっ!!!」

「『ぐっ』ってなんだよ『ぐっ』って。このロリコンエロオヤジが。あ、それからヤメテ。今こいつとお宅の若さんリンクさせんのはヤメテ。色々と都合が悪いから」

「うわあ!東城さん!ちょ、わざわざドア蹴破って侵入しないで下さいよ!何の襲撃かと思いましたよ!」

「ケッ、肝が小せェ男アルな」

「〇月×日 今日も麗しの若は・・・・・・」


若って言ってる!麗しの若言ってる!
東城さんだよ!!!
何かと思ったよ!
この人自分で自分の日記読み始めましたよ奥さん。
コレ、確かアレだよ、合コンだよ合コン。
いや、でもまァもしかすると東城さんには突然万事屋を訪問して日記を読み上げる習慣があるかもしれないからな。
その可能性も捨てきれないからな。

しかし、第三者乱入ですか。外部の人登場ですか。

・・・・・・ハイ、とても起き辛いですねー。

と、頬の下で、銀さんの膝がぴくりと動いた。・・・・・・ん?



ドゴォォォン!!!



「うわぁ!!」


東城さんが飛ばされた模様ですよ。
ナイスタイミング!は心のうちに飲み込んで。
君二度目の爆音で起きた設定ぇー。
銀さんの腰から手をばりっと引き剥がしつつ、がばりと跳ね起きて、ソファの上で正座する。
そして、寝起きの低血圧を活かして、


「おはようございます銀さん」

「おォ」


まるでなにもおかしな事がないかのように挨拶。
そして首をかしげながら状況確認。のフリ。
ごめんなさい銀さんご迷惑掛けました。心の中でぺこり。
畏れ多い事をしてしまってすみません。心の中でOTL。
許してください今度パフェ奢るから!!心の中でジャンピング土下座。


君、顔洗って来たら?それとも、も一回寝る?」

「希望としてはもう一度寝たいですね」


じゃ、どーぞ。と膝をぱんぱんと叩く銀さん。
予想外の反応にあたしは口を馬鹿みたいにぽっかり開けた。


「あららー覚えてないの?昨日の夜の事」

「はぁぁ!?」

「昨日はあんなに積極的だったのに」

「なぁっ!?ななななんの話ですかっ!!!」


いや、覚えてるけど。
覚えてるんだから、この会話はもっと滑稽で、笑い飛ばせるものになっていいはずなんだけど。

だけど銀さんがまさかそんな風にからかわれるなんて、心の準備をしていなかったあたしは、真っ赤になるしかないじゃないか。













[2009/04/24]