「どっ、どーしたのっ
!何でこんなとこにいるのっ!」
「いやぁ、色々ありまして」
はっはっは。そう笑ってみたけど、ダメだ、ちょっと嘘くさい。
土方さんは、あたしと土方さんの間に割り込んできてくれた山崎さんの頭に一発肘鉄を落として、オちた。
あまり幸せそうとは言えない寝顔だったけど(顔色悪すぎ)、十分男前ではあるので、山崎さんの相手をしていた美女に介抱をお願いして、今、あたしは山崎さんの隣に座っている。
さっきまで意地でも脚は突っ込まない、と決意していたこたつに、山崎さんの隣でならすんなりと脚を入れることが出来た。
不思議だ。
ところでさあ、このこたつ掘りごたつなんだよ!七輪なんだよ!
そういやあこたつからコード出てないなぁ。
ここの文化ってホント面白い。
「万事屋では不自由してない?旦那にこき使われてない?ああああああああ!!!旦那にここで働かされてるんだね!?」
「ちょ、山崎さ、ん!」
あたしの顔からほんの数センチ離れたところで山崎さんが喚く。
つばが飛んでくるのを防ぐので精一杯です。はい。
それでも肩を掴んだり系のボディタッチが無いところが山崎さんらしいというかなんというか。
頭を抱え込む大袈裟なジェスチャーに移ると、もうあたしと山崎さんの間は数十センチ開く。
「ち、違いますよ山崎さん、銀さんは俺がここで働いてるって知りません」
「でもアレだろ、どうせ給料は万事屋行きだろ!?」
「そ、それはそうですけど・・・」
「ほらね!
はいっつもそうだ」
「いっつもって・・・」
「大体土方さんも酷いんだ俺らになんの相談も無しに」
「・・・・・・」
「寂しかった・・・心配だったし・・・会いたかったんだよ?
」
「・・・・・・」
山崎さんんんん!!!
ちょ、もう、ホント、やばいって!
泣く!それ以上言ったら絶対泣く!
・・・・・・いやごめん、言わんでも泣く!
「うああ
泣かないでェェェェ!!!」
「泣いてないですっ」
「ごめん、ごめんね」
「っ」
「ごめんねー
」
「うううううう」
あたしさぁ、土方さんには嫌われてさ、真撰組には要らない、いや、邪魔、いや、真撰組を汚すものみたいに思われてさ、捨てられたと思って。
もう、あきらめてたのに。
・・・そうだよ!ほんとはもっと怒っていいんだよ!
だってわけわかんないじゃん、土方さんなんで理由も話さずに首切るわけ?
それダメなんだよナントカ雇用法で決まってるんだよ説明の無いリストラはしちゃいけないんだよ!確か。
それなのになんであたしが土方さんをなぐさめてるの!
おかしいでしょ、おかしいでしょ!!
「もう嫌」
「うん」
「土方さんなんて、嫌いです」
「うん」
「山崎さんの馬鹿野郎」
「うん」
しゃくりあげるあたしの肩に山崎さんの手が伸ばされて、当たる前に引っ込められた。
さすが山崎さんというかなんというか。
だからモテないんだと言ってやりたい。
「・・・・・・で、
」
「・・・はい」
「なんでこんなところで働いてるの?なんで女装?・・・いや、女装じゃないか、男装やめてるだけか」
「あ、まあそれはやっぱり時給が高いので・・・・・・こ、怖いですよ山崎さんすみません、スルーするつもりはなかったです、ちょっと試みただけです・・・やっぱ、気付きました?」
「ホントは、最初に会った時から分かってたんだけどね」
「そうですか」
凄い、さすが監察!
よく、真撰組においといてくれましたね、と言いかけてやめる。
理由を聞いたら、大変そうだったから、とか答えてくれるのだろうこの優しい人は。
「ふふ。俺、そういうの得意なんだよね」
でも、そうか。
山崎さんも。
いや、山崎さんは。
あたしに、役職を言わない。
「得意そうだなあと思ってました」
「あはは」
信用しろと言う方が無理か。あたしなんて。
屯所に置いてもらえていた、それこそ奇跡だと思う。
「今日はお楽しみのところ、お邪魔してすみませんでした」
「いやいや、気にしないでよ。俺が気になったんだから」
「意中の彼女は先ほどの美女ですか、山崎さん?」
にやにやしながらからかうと、山崎さんは意外とあっさりと否定する。
「違うよ!タバコ屋のおばちゃんの娘なんだよ、あの人」
一回行ってやってくれって言われててさ、と限りなく爽やかに笑う山崎さん。
ああそういえばこの人はおばちゃん吸引体質だったかと思い出す。
そんな設定いらねー!!
「へー・・・山崎さん、優しいですね」
まあ、前からしってましたけどね、そう言ってにっこり、微笑んでやる。
気分はおばちゃん。
いいこねーっ!の気分だ。
「それで、土方さん連れて顔見せですか・・・。どうしてよりによって土方さん連れて来たんです?あの人こういうとこ苦手でしょうに」
どうせなら沖田さんのがいいでしょう、そう言いながら反射で目の前のお酒を山崎さんのグラスに注ぐ。
「良かった・・・?沖田さんの方が」
山崎さんの声が変な風に聴こえた。
ありゃ、そうは見えなかったけど酔ってたのかな、と顔を見たけど、酔っているふうはない。
酔っているふうはないのだけれど。
「山崎さん・・・?」
山崎さんは、悲しそうな、苦笑いのような、哀れみのような、誰かに向けての怒りのような、そんな表情を滲ませて、琥珀色の液体が注がれたグラスを見ていた。
「良かったのかもね、沖田隊長の方が」
「いや、よくありませんけど。むしろ土方さんで良かったと思いますけど」
「まあ、隊長は未成年だし」
「あ、そうでした」
「
も18歳未満だと思うけど」
「山崎さん!!しーっ!!」
にやりとあたしを見て笑った山崎さんはいつもの山崎さんで、『いつもの山崎さん』ってのは随分とあたしに優しいんだなぁ、と思った。
「
ってさぁ、どうして男装してたの?・・・あー・・・してるの?」
「うーん・・・なりゆきですよ。なりゆきに任せてるうちにそっちのが便利って気付いたって言うか・・・」
「へー」
「いや、まあ正確に言うと、男装してたわけじゃないんです」
「ふーん?」
「皆さんが勝手に男と間違えただけで・・・」
「え、そうなんだ」
「だから、初見で気付いてくれたのは山崎さんだけですよ。あと仕事のお姉さま方。こういう職業をしてると、多分わかるんでしょうねぇ」
「・・・やっぱり、俺って凄くない?」
「や、ホント凄いと思いますよ」
「バイト、一日に何時間くらいやってるの」
「やってるって言うか・・・始めたばっかりって言うか・・・ぶっちゃけ、土方さんが最初のお客さんだったんですよね」
「うわぁ。それはそれは」
「あはは」
「それで、時間は?」
「あ、そうですね、18時から・・・今日ぐらい、えーっと、大体2時くらいまでになるから・・・8時間ですね」
「休憩は取るんだよね?」
「うーん、どうでしょう・・・だから、ちゃんとした勤務は次からになるので・・・」
「週何日入れてるの」
「4日です」
ぼそぼそと夜道に話し声がこぼれる。
月に照らされるのは、土方さんを半ば背負い半ば引きずった山崎さんと、ひと風呂浴びて男物の着物に着替えたあたし。
結局ラストまで付き合ってくれた山崎さんは、若い女性の深夜の一人歩きは感心しないな、と分別臭い声を出して、あたしを万事屋に送ってくれている。
あたしはもちろん男物の着物を着ていることを理由に遠慮し申し上げたのだけど、それは理由にならないと押し切られてしまった。
しばらくの沈黙の後、万事屋とスナックお登勢の二階建てが見えて、あたしは山崎さんに声を掛ける。
「あ・・・じゃあ・・・ありがとうございます」
「もう着いた?あ、ホントだ」
「いやあもう今日は本当に。色々お世話になりまして」
「あっはは。じゃあ次からは旦那に迎えに来てもらうんだよ?」
「・・・・・・え?」
「いや、危ないでしょ」
「いや、でもですね。迎えに来てもらうって言う事はすなわち職場を見せるということになり」
「大丈夫旦那なら分かってくれるって」
「くれません」
「旦那信用してないの?」
「・・・そういうわけじゃ」
「あ、ちょっと待って」
予想外の命令をされて焦るあたしを余所に、山崎さんは背負っていた土方さんをよいしょ、と地面に下ろす。
そしてあたしに正対した。
「じゃ、失礼しますよー」
「え、何」
何が失礼なのだと訊ねようとしたあたしの両肩に山崎さんが手を伸ばす。
手がふわりと肩に置かれて、疑問が沸きあがる前に、なぜだか血の気が引いていくのを感じた。
「あ、あれ、何これ」
体の震えが止まらない。
嫌だ。何これ。山崎さんはこんなに、優しいのに。
止まれ!!
「ほらね」
山崎さんは笑って、手をあたしの肩から離し、後ろ手に回した。
よろりと座り込むあたしに、手を貸そうともしてくれない。
カンカンカンカンカン!!
・・・あ、これは万事屋の階段の音。
なんでこんな夜中に。
「旦那じゃないとダメなんだ、
は」
「ごめんなさい山崎さん、何で」
「あれ、忘れたの?怪我した時からそうだったでしょ」
「もう、治ったものだと・・・・・・だって」
「旦那に触られても大丈夫だったから」
「・・・・・・はい」
「・・・
っ!!」
視界に入れまいとしていた白い影が地面にしゃがみこんだあたしに駆け寄ってくる。
体を引き上げられて、ふわりと両腕が回された。
ぎゅっと力がこもった腕が、不思議だ。
顔のすぐ近くに、銀さんの顔がある。
背中と、回された腕から、じんわり銀さんの体温が伝わってくる。
恥ずかしい。今絶対顔真っ赤だ。
「銀さん・・・?」
「ジミーてめえ・・・
に何した」
「旦那おかしいな、感謝してくださいよ。お宅の可愛いお姫様をお届けしたんですから」
にこり、綺麗に笑う山崎さんが、凄く頼りになる人に見えて、あたしは目をみはった。
よいしょ、ともう一回土方さんを背負いなおす。
「じゃあね、
。あ、本名はさっきのであってるのかな」
さっきの、とはクラブでの名前のことだろう。あたしはこくこくとうなずいた。
頷いたら、銀さんの腕にあごが当たって慌てた。
「じゃ、改めて。じゃあね、
」
ずりずりと奇妙な音を立てながら小さくなっていく背中を、ぼんやりと見送る。
「
・・・?」
「!!」
耳元で低く声を出されて、声も出せずにおののくと、体に回った腕にさらに力がこもった。
「
、お前、女だな?」
・・・イエス、サー!
[2009/03/30]