100人が100人に好かれる人なんて居やぁしない


「・・・いや、すまん・・・寝ぼけて・・・人違いだ」


土方さんがかっ開いた瞳孔をなんとか普通に戻してそういうまで、きっかり5秒間、あたしは固まりっぱなしだった。
あたしから目をそらして眉間を押さえる土方さんを見て、慌てて表情を作る。

良かった土方さんがこういう人で!!!!
まーそうだよね、付け髭と衣装のみで指名手配犯をマリオと思い込んでくれるおめでたい人だもんね。


・・・だけど、あたしは忘れてないぞ・・・忘れてないぞ九兵衛さんの事を!
九兵衛さんの事、かなーり早いうちから女だと見抜いていただろう君は!
前から言おうと思っていたがね、何であたしに対してだけ見抜けない?まさかもうとっくに見抜いてました、とかそういうオチかね?
いや、見抜いてたら沖田さんと同じ部屋にゃァしないだろうよ。
もっと言えば屯所に受け入れる事も・・・・・・・・・あ。


あ、ああ!あああああああああああ!!!!!!


もしかしてそうなの!?
あたしが女だと分かったから追い出したの!?

で、沖田さんに取り入ろうとするヤツだと思ったから『汚れる』と思ったの!?


あ、それは納得だー
土方さんそーゆーの嫌いそうだもん


でもですよ?

それならもっとハッキリ言いそうなものですが。彼の性格なら。


「似てるやつがいるんだ、・・・知り合いに。本当に・・・よく、似てる」


あたしの顔を滑った土方さんの目が、細められる。
整った顔立ちが、微かに、苦しげに、歪む。

あたしという危険因子(もしかしたら危険因子どころじゃないのかも。記憶がないあの時、あたしは何をやらかしたんだろう)を排除できたのに、どうしてそんなに辛そうな顔をするんですか。


「・・・土方さん、」


呟いて、2、3回、ゆっくり瞬きをしてあたしは頭の中の都合のいい妄想を振り払った。



「土方さま、飲みましょう!ぱーっと!」





















土方さんは、そんなにたけーのは飲んでやれねーが、と言いながら、かなりいいボトルを頼んでくれた。
おっとこまえー。

正直土方さんにはまだ複雑だし、まあはっきり言っちゃうと怖いわけだけど、ああ怖いって言っても土方さんが怖いわけじゃなくて。

何がって、また、捨てられるのが。

あたしは土方さんにそんなに依存していないつもりで、構ってもらっていないつもりで、それどころか真撰組にさえ、本当の居場所が無い、なんて。
それは所詮、温室育ちの甘えた発言だったんだと、心底思い知らされた。
隊士のみんなと、一般人のあたしは、どうがんばっても一緒になれる訳はない。
それをみんなは最大限一緒に扱ってくれていた。
でも、時々どうしようもなくその差を示されることがあって、その時だけ、たったその時だけ、少しの寂しさを感じただけなのに。
居場所が無いなんて吐いたあたしは、本当に無くして初めて、気付かされた。

しっかり、依存していた。

土方さんにも、真撰組にも。


捨てられた、と感じて、ショックだった。打ちのめされた。絶望した。
信じてたのに!なんて叫んでみたくなった。



信じているフリさえ、できなかったくせに。





怖い。

突き放されるのが。放り出されるのが。怖い。










「あんた、名前は」


あたしが注いだシャンパンを飲み込みながら土方さんはあたしにちろりと目を向けた。


です。どうぞご贔屓に、土方さま」


あたしは上手く笑えているだろうか。
笑えているだろう。自信はある。培ってきた笑みだ。
この世界に突き落とされてからずっと。


「飲まねーのか」


土方さんが軽くグラスを上げる。


「アルコール苦手なんです」


肩をすくめておどけてみせる。
土方さんは少し驚いた顔をした。


「下戸でこんなトコが勤まるのか」

「なんとかなるんじゃないですか」


あたしが適当に返事をすると土方さんは眉をしかめた。


「確かにあんた、姉さんっつーより嬢ちゃんって感じだもんなァ・・・・・・で、いくつだ」

「ハタチです」


あたしは笑みを深くする。
にやり、ってならないように。そう、にっこりが理想のカタチ。

























サバ読んでるだろ、としつこい土方さんに読んでません、と言い張って、飲ませる。
諦めた土方さんは、未成年に酒を注がせていることに罪悪感を感じてか、逆にぐいぐい飲み始めた。
危ない飲み方だなぁ。


あっと言う間に二本目のボトルを空けた土方さんが、ぷはーっと息を吐く。

美味しそうに飲む。それなのに自棄酒に見えるのは、そのペースのせいだろう。

うちは一応飲み屋じゃないのですが。


「オイ」


土方さんが座り始めた目であたしを睨むように見た。
な、なんだよぅ。さっきまでほとんど無視してたくせに!


「・・・くだらねー愚痴だが」


ああああいよいよ飲み屋っぽくなってきたよ!
でもいいさ、サービス業だからね!
こっちが本業だからね!


「はい。聞かせてください。なんでも」


にっこり。

あーあ酔っ払っちゃって土方さん。
このひと絶対後でうわああんなことまで話しちゃった!ってなるタイプだよ・・・
とりあえず酔ったフリして上司のカツラとれをフリじゃなくて実践しちゃうタイプだよ・・・
でもまだクビになってないのは・・・なんでだ?ちょっとは気ィ使ってたみたいだけど、それでもこの人日々常々長谷川さんよりヤバいことやってんじゃん!
あ、でもまあナンチャラ警察24時だしね。
少しは大目に見てもらっているのでしょう。


そうしてあたしが下らない事を考えている間に、土方さんのテンションはどん底まで落ちていたらしい、ふと土方さんを見ると、あ、あれ?あれれ?何かが見えるよーマミー。土方さんの背中に何か乗ってるよーマミー!

ずーん、って筆文字と、万線と、あのもやもやってしたなんとかいう模様を背負った土方さんが、のろのろと顔を上げた。

ひいい!



「ある、男が、居てな」


土方さんはドン引きしてるあたしに構わずハイパーローテンションで言葉を綴る。
だ、誰の話ですか!この間まで屯所でお世話してた危険因子な男の話じゃないですよね!


「男には、心底惚れた女が居た」

「綺麗な女だった。綺麗で、はかなくて、脆い、」


ああ・・・ミツバさん。

それだけじゃないでしょう、あたしは思った。ミツバさんは、綺麗なだけじゃ、儚いだけじゃ、脆いだけじゃ、ないでしょうが。
特に、あなたにとって、は。


「大切だった。それは分かってた、だが、」

「失くして初めて重さに気付いた・・・馬鹿な、男だ」


ハン、と自嘲して、土方さんはグラスをぐいっと煽る。
口の端に浮んだ自嘲の笑みは、すぐに歪み、さっきの動作と対照的に、そっとグラスを下に置いて、うつむき、よくわらう、いいおんなだったんだ、土方さんは小さく呟いた。


「男に残されたのはもう、ただ一つだけだった」

「そのただ一つに男はしがみついた」

「もう、絶対に、失くしたくなかったんだよ」


許してくれとは言わないが、そう言いながら、でも、土方さんは誰かに許しを請う。
その声が、今にも泣き出しそうで、怖かった。
ただの高校生だったあたしは、大の男に目の前で泣かれるなんて事態には、慣れていないのだ。


「大丈夫ですよ」

「大丈夫」


あたしは土方さんの隣に移動する。こたつに脚はつっこまないけど。


「大丈夫です」

「身勝手なんだよ俺ァ」

「そうですか」

「江戸の平和を守るのが俺らの仕事なのに、それなのに」


あいつらを守るためなら他のモンなんざどうでもいい、と思っちまうんだ、土方さんは呻いた。


「それでもいいじゃないですか」

「お前に何がっ・・・!」

「土方さんは、頑張ってるじゃないですか」


真撰組も、近藤さんも、ミツバさんの弟も、手放さないように、そして、江戸も。
できるだけ全てを、失くさないように。
できるだけ全部を、護るために。

このひとは頑張ってる、いっぱいいっぱいで頑張ってる。


「おつかれさまです」

「お勤め、ご苦労さまです」

「・・・赦して、くれるのか」


土方さんが縋るような目であたしを見る。
土方さんは、誰に謝っているんだろう。
ミツバさん?亡くなった隊士達?沖田さん?


「許すも何も」


あたしは笑ってみせる。


「最初っから怒ってなんかないですよ」

「・・・怒れよ」

「え?」

「怨めよ」

「な、」

「俺はお前に、恨まれて当然の事をしただろう!」


土方さんが声を荒げる。
周りのこたつの人たちがびくっと反応したのが目の端にうつる。
もう訳わかんないこの人。
悪酔いしすぎ。
あたしに掴みかからんばかりの土方さんを仰け反って避けながら、あたしはとほほ、と苦笑いを浮かべて隣のこたつに目をやった。
クラブの美しいお姉さまの苦笑いを期待して。


それなのに。


そこに見つけたのは、お姉さまの苦笑いだけでなく。






(わ・・・忘れてたァァァァ!!!!!!!)




目をまん丸にした・・・・・・山崎さん。




ああもう、どうしよう。











[2009/03/22]