おやごころこごころ


どうせ仕事もないし(あったら銀さんから召集が掛かる)、午前中は稽古をして、僕は昼過ぎに万事屋に出勤した(・・・うん、出勤だよ出勤。一応)。


ドアを開けると 君が玄関で足袋を履いているところだった。

君はどうも足袋が嫌いみたいで、家に居る時はいつも裸足だ。
裸足でぺったらぺったら歩いている。
万事屋なんて埃だらけで汚いのに(気が向いた時にしか掃除しないから)、スリッパも履かない。銀さんもだけど。神楽ちゃんもだけど。
・・・・・・あ、僕以外全員か。


「あ、新八さんこんにちは」


僕に気づいた 君は目をあげて微笑みながら挨拶をした。今日は 君は銀さんのでなくて、真撰組から持ってきていた着物を着ている。
沖田さんのお下がりだと 君が言ったら銀さんが嫌そーな顔をしていた着物だ。捨てなさいそんなもん、とまで言っていた。
銀さん、真撰組と仲悪いからなぁ。
しかし 君、僕より一つ年上らしいのに、どうしてこんなに腰が低いんだろうか。
どっかの神楽ちゃんとは大違いだよ!


「もういいの、ネット取っちゃってて」

「バイト行く時はつけてないです。接客業ですからねぇ」

「今からバイト?」

「はい。今日から日払いで給料もらえるようになったんですよ!」

「日払いって、普通より給料安くなったりしないの?」

「うーん・・・するんですけどね・・・そうも言ってられない状況でしょ、今」

「あ、そうだね・・・なんか悪いなあ 君ばっか働かせちゃって」

「いやいやいやいや住まわせてもらってるだけありがたいんですから!新八さんは万事屋の仕事頑張ってくださいよ!じゃ、行ってきます!」


あ、夕ごはんは鍋に作ってあります。魚焼いて食べて下さい、と言い残して、 君は出かけていった。
うーん。ホントにいーんだろーか。僕も他にバイト入れるべきかな?
『万事屋の仕事頑張ってくださいよ!』かぁ・・・・・・痛いなぁ。


「うわ。おはようございます・・・銀さん」


なんだろう。なんで銀さんはこっちをのぞいているんだろう。なんで腰を低く落として片目だけ出して、家政婦は見た!みたいな格好をしながら、こっちをのぞいているんだろう。


「オハヨウゴザイマス新八クン」

「・・・何してるんですか気持ち悪いですよ」

「のぞきアルか! と新八のアツアツシーンを覗き見してるアルか!?私にも見せろ」


神楽ちゃんの声がして、銀さんが吹っ飛んだ。
























「新八くん、神楽ちゃん」


銀さんが真面目な声を出す。
ソファの向かい側で座っている銀さんは、いつもより若干・・・本当に若干だけど、若干、背筋が伸びている気がする。


君はどこでバイトしてると思いますか!」

「そんなことも知らねーのかヨ、このマダオが」


ハン、と神楽ちゃんが鼻で笑う。顔を後ろに反らし、腕はソファの背もたれから垂らして、脚を組んで、アレだ。女王様座り。



「聞いたの!?ねェ、神楽ちゃん聞いたの!?」

「工場長とお呼び」

「神楽こーじょーちょー」

「アレじゃなーい?キャバクラとかじゃなーい?」

「お前も知らねーのかよ!!」


ぱしん、と銀さんが神楽ちゃんの頭をはたく。
はァ、と溜息をついて、銀さんは頭を抱える。


「だって 君、帰ってきたら女くさいんだよー」

「ホスト!? 、ホストアルか!」


神楽ちゃんが興奮してバンバンと机を叩く。机がめきょ、と音を立てて曲がった。
まぁ、次のコマには治るから大丈夫だろう。


「女くさいってだけでホスト!?」

「だって 帰ってくるの朝方アル!大体そんな感じの仕事に決まってるネ!」

「え!そうなんですか?」


銀さんに顔を向けて問うと銀さんは頭を抱えたまま、俺の決心はどうなるんだ、と訳の分からない事を呟いた。


君のホゴシャとしてですね、 君をいかがわしーお店には勤めさせたくないんですよ銀さんは」

が八郎んトコとかで働いてたらどーする新八!!!どーすんだ言ってみろ!ホラ、行きたいって言ってみろオロナミンシー飲みたいなーって言ってみろ!怒らないから!!」

「神楽ちゃんうるさい」


神楽ちゃんのテンションがうなぎのぼりに上がっていくのが分かる。
でも、誰が行くか、あんな店。
仕事でもない限り、あんな、男にとっちゃあ居心地の悪いだけの店には行きたくない。


「いや、待てよ・・・ 君のことだから、『かまっ娘倶楽部』って可能性も捨てきれな」

「銀さん、そこは捨てましょう」


























、もうあたしから教えることは何もないよ」


凛さんの整ったあかい唇が三日月を描く。
今、バックに月と牡丹を背負いましたね、凛姉さま!
それでもあたしは誤魔化されませんよ!誤魔化されません!いくら凛さんが絶世の美女だからといってあたしは・・・


「いや・・・何も教わってないんですけど」


初日っから今日まで、着物着せてもらってひたすらおしゃべりしてただけ。
あたしからは銀さんのこと、万事屋のこと。
凛さんからはクラブ遊郭のこと。
勤務時間に慣れるようにと、朝方まで話し込んだ。
だけど。
だから。
自分で女物の着物を着ることすらできんぞコノヤロー。
難しすぎるんだってば!男物の着物だって四苦八苦して着替えてたのに。
銀さんが適当な着方の人で良かったような悪かったような。
何あのアンダーウェア。
反則だよね!?ねぇ反則だよね!?

凛姉さまは着物は着せてもらいな、と言う。
とりあえず一刻も早くフロアに出てほしいらしい。
それなら今日までのおしゃべりタイムはなんだったんだと思うが、それももしかすると何か大切なことなのかもしれない。

顔に化粧。
髪に香油。
香は控えめな山吹。
春物(制服は一年中春物なんだってさ)の着物のかさねは『花山吹』。かさねの色目の名前だけ、凛さんは教えてくれた。
淡い紅色の生地の、奥から山吹の黄色が浮かんでくるような、そんな春に、白い手毬が弾んでいる。
若草色の帯にも白の手毬が少し。
控えめなのに、非常に可愛らしい。

凄く嬉しくて、鏡を見てはくすくす笑いたくなってしまう。
いやあ、あたしもオンナノコって事ですね!

だけども、見えるのははその綺麗な着物だけだけど、中にはあたしが名前も知らないような小道具(?)を着込んでて、う、動きにくい。
お妙さんはあんなにきっちりと美しく着込んだままで、よくあのような激しい動きができるものだと思う。

あたしみたいな人間でもしずしずと歩きたくなるような服、それが着物なのに。


「みんな、これが新入りの だよ。仲良くしてやっとくれ!」


からり、部屋の襖を開けると同時に凛さんが言う。
目を見張るあたしの前にずらりと大奥が・・・・・・並ぶわけはなくて、あたしと同じ歳くらいの可愛らしい女の子から、うちの母と同じくらいの妖艶な美女まで、総勢10人ほどが静かに身づくろいをしていた。
静かだったのだけど。


「あんたが !?」

「男装してるんだってね!」

「苦労も多いだろうに」

「頑張ってるね」

、あんたとあたし同じくらいじゃない?仲良くしてね!」

「着物似合ってるよー」

「あら、その帯」

「いくつ?いくつなの?」


・・・・・・両手に花どころじゃねェェェェェ!!!!

ハーレム!ハーレム!まさかのハーレム!

沢山の女の人たちに囲まれても、香が天然の香りばかりだからか、気分は悪くならない。
向うの世界の化粧の匂いは苦手だったのだけど、こっちのはそんなことはない。
高級品だからかもしれないが。


やばい、視界が美女でいっぱいだ・・・!し、幸せすぎる・・・!この職場選んでマジで良かった!!!



























「銀さーん、何か依頼ないんですかー」

「あったら行ってますぅ」


結局銀さんは、なんかこーゆージメジメしたのって銀さんに似合わなくね?え、そーでもない?と言ってジャンプを読み始めた。
君が仕事してるのに(もしかしたらホストの)銀さんはもう何回目だよってくらい表紙を見慣れたジャンプ読んでて、神楽ちゃんは外でガキ大将と口げんかしてて、僕はテレビCMをぼんやり眺めてるなんて、やっぱり駄目だと思う。
ダメだと思う。


「銀さん、 君の事ですけど」

「・・・・・・」

「気になるなら調べに行きましょうよ」

「・・・ 君に訊けばいーじゃん」

「『いかがわしい』職業なら言いませんよ」

「・・・・・・」

「・・・銀さ」

「わかったわかったわーかーりーまーしーたぁ!んじゃあ今晩 君が帰ってきたらその時に一旦訊いてみる、怪しかったら調べる、それでいいな!!」


銀さんは喚いて、どさりとソファに倒れこんだ。
何だよ、一番気にしてるくせに。

ソファに寝転んで開いたジャンプを顔に被って銀さんはもごもごと声を出す。


「新八くん」

「・・・何ですか」

「俺、おかしいのかもしんねー」

「・・・何言ってるんですか。かもじゃなくて絶対ですよ。『ダメ、絶対。』ですよ」

「銀さんのどこがダメですか!」

「全部」

「うわぁ今のぐさっと来た。ぐさっと来たよ新八君」


銀さんがジャンプを顔から持ち上げて、起き上がりながら胸を押さえて苦しむ仕草をする。
せわしない。


































「しらねーよ。別にどんなでもいい」

「いやいやいや、一応お金払ってるんですよ?いーんですか」

「どーでもいいんだよ」

「じゃ、一番新しいって子にしますか?土方さん優しいから」

「あァ?」

「凛さーん!土方さんには、 ちゃんで」







ふふふ さんに初のお客様ですよー
凛さんが、しっかりしたひとだから安心しな、って言ってくれた。
しっかりしたひとかぁ・・・
でもキャバクラ来るひとでしょう?
うむむ・・・
でも近藤さんとかも行ってるし、いや、でもあれはお妙さん目当てだし、あ、でも松平さんはいっつも行ってるみたいだったな、
松平さんはしっかりしたひとって言われればしっかりしたひとだよなぁ・・・身分的にも、収入的にも。でもやだなぁ松平さんは。
嫌だろうあれは。
なんであの人がえらいんだ。
公害だ。
でも栗子ちゃんは可愛い。
彼氏とはどうなったんだろうか。
アニメの方で土方さんとどーのこーのって友達が言ってたけどあれはどうだったのかね?

こんなことをつらつらと(っつってもコンマ3秒くらいの間に)思い、結論としては松平さんみたいな『しっかりしたひと』だったらかなり嫌だでもがんばろう、と、決心を固めつつ、拳も固めつつ、言っちゃえば緊張しながら、うわあマジ緊張する、うわぁ。

クラブ遊郭は、一応遊郭っぽく、というスタンスなのか、屋敷、と言うのがふさわしいような外観をしていて、和室がずらっと並んでいて、長い廊下があって、大広間があって、なんだか真撰組屯所のようなのだけれど、その大広間には結構立派な「こたつ」が並んでいて、どの季節でも春の気温に調節されているクラブ遊郭では、その「こたつ」に入って接客をする。
こたつはちょっと珍しいんじゃないかなぁ。こういう業界に詳しくないからよくわからないけど。

こたつ利用は、お客さんとの密着具合が接客側によってかなり変わってくる。
べたべたしたかったら限りなくべたべたできるし、そうでなくてもほんわりとした雰囲気で話ができる。

あたしが五番テーブル(こたつだろ、と思うけど)に向かう途中には、そんなにべったりしたトコがなくて、安心した。
中には向いに座って蜜柑を食べながら話してる子も居て(さっき名前聞いたけど忘れた)、よかったあれでいいのか、と思う。

五番テーブル(こたつ)には、和服をきちっと着たかっこよさげな雰囲気の男の人が突っ伏して眠っていた。
松平公じゃなかった、良かった。
まあとっつぁんには阿音ちゃんがいるしね。
それにしてもぐっすり。
仕事の徹夜明けの人とかだろうか。
起こさない方がいいのかな。

向いに座りながら(こたつに脚を突っ込む気にはなれなかったですごめんなさい)誰かに助言を求めようとして大広間をぐるりと見渡す。


と、隣の六番テーブル(こたつ)に、見知った横顔が見えた。凛さんと同じくらいの齢の美女と和気藹々と話している。



(・・・山崎さん!?)



おいおいおいおいおいスナックすまいる行っとけや!なんでここにいるんだよお呼びじゃねーんだよ!
今絶賛気まずい雰囲気流れ中じゃんか!会いたくないじゃんか!

ってか女装と思われるじゃん!悪くすると男装バレるじゃん!

どどどどどどどどうしよう!!!!

山崎さん一人かなぁ、一人だといいなぁ、ああでも隣は嫌だとなりは勘弁して隠れきれないから!
山崎さんには確実にバレる気がする!
でも見逃してくれる気がする!
事情を話せばわかってくれる気がする!
むしろ味方にしたい気がする!
味方にすると心強い気がする!

バレると楽じゃないかな・・・?(悪魔の囁き)



そんなことを思いつつ山崎さんの横顔を睨みつけていると殺気を感じ取ったのか五番テーブルのお客さんが呻きながら起き上がった。
慌ててお客さんに目を戻す。
戻した瞬間、あたしは見事に固まった。これまでの人生で初めてってくらい見事に。
頭のてっぺんから冷たいものがおりてくる。
恐怖とか焦りとか絶望とか、うわぁ。どうしよう。



(・・・嘘だろ・・・)



ちょっと乱れた短めの黒い髪、起き抜けにさえ瞳孔開きっぱなしの目、整った顔立ち、ああ僕はもういやだ。







「・・・・・・ ?」





前言撤回。
あたしは誰にもバレたくないです。















[2009/03/15]