「バイト募集中」
あたしは門に手をつき、溜息をつく。長かった、この道のり。
2時間近くふらふらとかぶき町を彷徨って、ようやく見つけた張り紙。店の門に張ってあった。
なんで求人誌じゃなくってわざわざ張り紙かって?
・・・コンビニ入る勇気なかったんだもん!
だって顔が魚の人がレジやってるコンビニに求人誌貰いに行けます?
コンビニの前に並べてある求人誌もあったんだけど、コンビニ前ってそれが決まりであるかののように柄の悪いにーちゃんねーちゃんが座ってるし。
ええ怖いですとも。ビビりですとも。
「時給、5000円・・・!!」
ふおあ!な、なかなか無いぞ、こんなの。
「18歳から36歳までの健康な女性の方?」
ちょっと怪しいんじゃない?この店。
看板を見上げて納得。
『クラブ 遊郭』
クラブなのか遊郭なのかはっきりしろよ!と思うけど、まあとりあえずクラブなのだろう。
あ、あれだ。遊郭とかついてるし、イメクラってヤツかも。遊女プレイ、みたいな。
くるりと踵を返そうとして、はたと立ち止まる。
待てよ。
何普通の、堅実な、バイト探そうと思っちゃってんの?
あたしみたいな身分証も持ってない、固定住所も無いヤツなんて普通のトコ雇ってくれないぞ?
いやいやいやいや普通じゃないとか堅実じゃないとか言ったらキャバクラのおねーさんに失礼だよ(お妙さんとか)。
まっとうな仕事ですよ、キャバクラも。
そりゃ、あたしがあのままふらふらと元の世界で生きてたって無縁の世界だったろうけど。
(だってうちの母さんそういうの嫌うし)
だけど、職業に貴賎はないって昔から言うし。
大体選り好みしてる余裕は無いし。
「・・・よし!」
たのもー、と小さく呟きながらあたしは門に手を掛けた。
がらがら
音を立てて門をくぐると、男の人が一人出てくる。
年のころは30前半、なかなか見目がよろしい。
こういうとこに勤めるには、やはり外見も必要なのだろうか、一抹の不安が込み上げる。
「ここは一見さんはお断りだよ、ぼっちゃん」
おおう!お断りされちまったよ!
いやいや、そうでなくて。
あたしは普段より高い声を心がけてその男の人に言葉を返す。
「いや、バイトの件で!あたし、女なんです」
目を丸くした男の人ににっこりと特上の笑み(自分なりに)を見せて、警戒心を少しでもほぐそうとした。
・・・・・・・・・
番頭さん(さっきのイケメンだ)に大雑把な事情を説明すると、そういうことなら、とお座敷に上げてくれた。
お茶を出されて、そわそわと待つ事10分ほど、襖がからりと開いて、大層美しい女の人が入ってきた。
「おぉや可愛らしい娘さんじゃないか。あんたを見間違うなんて番頭さんもまだまだだねぇ」
そう言って微笑む彼女に頬が熱くなる。色香、が漂ってくる。
笑みから花がこぼれるようだ。
美しい。
「名前は?名前と歳、経験を教えてくれるかい」
「
、じゅう・・・はち、初心者です」
さっきの募集要項には18歳からと書いてあったような気がする。
ああ、保険をとって19と言えば良かったか。
正座をした膝の上に握った手のひらが汗をかく。
「私はお凛だよ。凛姉さまと呼んで頂戴。あんたの指導にあたることになったからね」
「よ、よろしくお願いします!」
これは採用、されたのか?
あまりにも簡単で、真撰組といい、今といい、なんか長谷川さんに申し訳ないような・・・ま、まあ長谷川さんに真撰組とキャバクラは無理だし!
「あんたに源氏名をあげなきゃあね・・・。何がいいかねぇ・・・」
「あ、あの」
「なんだい?」
「
、じゃ駄目でしょうか」
「おや、本名はだめだよ」
「わ、私、男装して暮らしてきたんです。だから、ずっと本名呼ばれてなくて、それで・・・」
凛さんは目を大きくした。
もう、番頭・田中さん(仮)!ちゃんと説明してよ!
「そうなのかい・・・」
しみじみと哀れ、みたいな目で見られたじゃないか!
まあいいけど。
「それなら、そうしよう。
、ね。素敵」
そしてまた微笑みだ。今度は慈愛に満ちた。
そのキラキラ具合とお花の洪水にやられそうです。
・・・・・・・・・
「うわ」
鏡の中には知らない人が居た。
「ほら、あんたは化粧映えすると思ったんだよ」
その言葉に向うの世界での友達を思い出す。
ほんの少し前のことなのに、随分昔のことのようだ。
『リオってさ、化粧してもあんま変わんないね』
『そりゃ、あたしが最初っから美しいからでしょ』
『あ、そうだね』
『ツッコんでよ、
・・・まあ、化粧映えするのはあんたの方だろうけど』
『えぇぇ・・・しねーよなんっにも変わんねーよ』
『変わるって!あんた、目以外は綺麗だから、目ぇおっきくすると絶対にめっちゃ可愛い』
『何気に失礼だよね、リオ。まあ、あんたに比べりゃ目はゴマみたいなモンだけどさぁ・・・』
『目の周り黒くしなさい』
『その言い方凄くヤなんですけど』
うん。思い出したら懐かしいけど哀しくなってきた。
まあいいけど。
「女物の着物も、久しぶりに着たんじゃないかい?」
「いや・・・・・・初めてです」
正直に言うと、また哀れみの視線を向けられた。
まあいいけど。
・・・・・・・・・
万事屋のドアが静かに開けられる。
定春の散歩と買出しに行ってる新八と神楽ならもっと騒がしいはずだ。
だな。
「おかえりー
君、バイト、見つかった?」
「あ、ハイ、お陰さまで」
気のせいか
の顔に疲れが見える。
ま、当たり前か。
でも、出て行く前の危ういまでの緊張感は雲散霧消していて、そこに、安堵を覚える。
「
君疲れてるー?」
「いや、そんなことは・・・いや、疲れてます、ね」
そう言って溜息をついて
は、俺が寝ているソファの前をすっと通り過ぎた。
お疲れさん、と言おうとした口が止まる。
見慣れた俺の浴衣からは、女の香がした。
台所に向かおうとする
の袖を引いて引き止める。
「ちなみに、
君、何のお店?」
「・・・飲食店です」
「ふーん」
引っ張っていた袖を離すと、
の体がぐらりと傾いた。
「
っ!?」
倒れ掛かった背中を起き上がりざまに支えると
は焦った声を出す。
「す、すみませんっ・・・!!」
謝りながらも
の膝は折れ、ずるずると床に座り込んだ。
ふわりと長めの髪が目の前で揺れ、女の化粧の匂いがいっそう強く香る。
「
君、どーしたの」
「いや、なんだろ、ホント、疲れたみたいで・・・大丈夫です、すぐ・・・」
はソファと俺にもたれた体を起こそうともがいた。
その肩を掴んでソファに貼り付ける。
「銀さん?」
「お仕事頑張って見つけてきた
君にごほーび。今日は銀さんが夕飯作ってあげまーす」
「そんな、悪いですよ!!俺は大丈夫ですから!」
「とりあえず寝なさい」
ソファから立ち上がって床に座り込んだままの
をよいしょ、とソファの上に持ち上げる。
「いやいやいやいや・・・だから大丈夫ですって・・・げふっ」
騒ぐ
に毛布をばさりと掛け、強制的に睡眠体制に入らせる。
毛布に絡まってもしばらく
はもがいていたが、次第にその動きは鈍くなり、顔だけをすぽん、と出して、
「・・・じゃぁ、お言葉に甘えて・・・10分だけ・・・」
と呟きながらあっと言う間に眠りに落ちた。
「疲れたのねー・・・」
・・・・・・・・・
「新八!酢昆布一箱足りないアル!てめー食っただろ」
「食べないよ!さっき店出た瞬間に食べ始めてたじゃん、アレじゃないの!?」
「私がそんなおっぎょーぎの悪い事・・・あ、カラあった」
「ほーらね」
「調子に乗りやがってこの駄眼鏡がァァァァ!!!」
「ギャァァァァァァァァ!!!」
夕飯のスープ鍋をかき混ぜていると新八と神楽が帰ってきた。
ホラ、こんなにうるせー。
「新八ー、買ってきた肉寄こせー、入れるから」
「ちょ、銀さんこの状況見てから言ってくださいよ神楽ちゃんが、ギャァァァァァァ!!」
「うっせーよ新八、
が目ェ覚ますだろ」
「
帰ってきたアルかっ!?」
神楽が鼻フック決めていた手を外してソファの前まで飛んでくる(置いていかれて新八は玄関で鼻と頭を抑えて座り込んでいたけれど。)。
そうしてしげしげと
の顔を見るもんだから、笑えた。
「
君の顔が、そんなに珍しいですかー?」
「珍しいヨ」
神楽がくりんと目を上げて俺を見る。
「私達、まだ
と何回かしか会ってないネ。
が万事屋に来てからは一緒にじぇんがやっただけアルよ」
「あ、言われてみればそうですね。なんか、ずっといるような気がしてましたけど」
神楽と新八の言葉に、あーそーだったけか、なんてぼんやりと思う。
そーいや、そうだな。
実際
が万事屋に来たのは昨日の夕方。
風呂入って寝ただけだもんな。
ホント、ずっと居るよーな気がしてた。
「
君、バイト決まったんですか?」
「あー・・・決まったみたい」
凄く怪しいところだけど。どこに一回行っただけで女の匂いぷんぷんになる飲食店があるんだっつーの。
今度高天原にでも当たってみましょうかね。ま、もし高天原に居たって辞めさせる事なんてできやしないんだけども。
八郎君にでも頼んどきゃあ力になってくれるでしょうよ。
「じゃあ今日は
の就職祝いアルな!!」
「まぁ、そんな祝うほどの食材はないですけどね」
「食材よりも気持ちネ」
「そんなもん!?」
ギャアギャアとわめく二人に俺は宙を見つめて鍋をかき混ぜる。
肉を入れたスープが、万事屋に美味しそうな匂いを漂わせ始めた。
2009/02/27
モドル