強いのか弱いのか

ふんふふーんふーんと鼻歌なんか歌いながら銀さんが妙に上機嫌で帰ってきた。胡散臭い。
でも、おかえりなさい!と勢いよく出迎えた 君を見ると思いっきり気まずそうな顔をした。胡散臭い。(新八)




・・・・・・・・・




仕事もないし、じぇんがでもやろうと銀さんが言うので(じぇんがあったのか!)、あたしたちはじぇんがをすることにした。
色分けされてない木目模様のじぇんがだ。


君よォ、」


するり、とあっさり1本目を引き抜いて銀さんがあたしに話しかける。
次の順番はあたしなのに!
罪な事をしてくれる。
あたしはあまりじぇんがは得意ではないのだ。


「な・・・なんです、かっと」


まあ、1本目で崩してたら、さすがに、アレだしね。
ひょい、と上手くいった事に満足しながらあたしは答える。


「これからどーすんの?」

「これからって・・・3日間くらいこちらにお世話になったら、向うに戻ろうと思ってますけど」

「向こうって」

「真撰組ですよ」


神楽ちゃんはこういうの苦手かなぁ、と思ってたら、夜兎族の運動神経だろうか、あっさりと、しかもじぇんがの残像が残るくらいすばやく引き抜いていた。


「え、そうなの!?」

「「「ちょっ・・・!」」」


新八が素っ頓狂な声を上げる。
他三人がこわごわとじぇんがを見る。
うん、大丈夫。


「そうですけど・・・何か?」

「私たちは を真撰組からもらったって聞いてたネ!違うアルか?」


神楽ちゃんがピンク色の頭を傾ける。


「や、そんな、困るでしょう、ねぇ、銀さん」


何を言ってるんだ神楽ちゃんは、とあたしは困った顔を作って銀さんを見る。


「僕もそう聞いてたけど。 君は真撰組を抜けてウチに来るって」


無事に順番を終えた新八が目を瞬かせる。


「銀さんも」


銀さんが短く言って二巡目を引き抜いた。


「え、まさか。それじゃあ詐欺じゃないですか」


あたしは溜息を付きながら引き抜けそうな場所を探す。
土方さんは何を考えてるんだ。
万事屋が口をひとつ増やしてやっていけるわけがないだろうに。
最初から万事屋には帰らせていただくだけ、と言っていたのに、後からそんなことを言われても、困るだろうに。

そう思いながらあたしがひとつ摘んだところで、銀さんが口を開いた。

す、と吸い込んだ息の音に、何故か、嫌な予感が胸を過ぎる。
実は、さっきからひしひしと感じていた、いや、感じさせられていた、嫌な予感が。

聞きたく、ない、な、ぁ



「・・・捨てられたんだよ、お前」



ガシャー・・・ン


つるりと滑った指が綺麗に積んだじぇんがに追突して、じぇんがが音を立てて崩れる。

あーあ。

あたしの負けかぁ。
二順目もまだなのに。

じぇんがを集め始めたあたしの後頭部に視線が突き刺さった。





銀さんの低い声がした。
びくり、あたしの手からじぇんがが滑り落ちる。

カラカラと音が綺麗、だ。


「土方君は、真撰組をキレーなまんまにしとく事に異常に執着してる」


知ってる。

正確には、

『誰にも俺達の真撰組は汚させねぇ』

だ。

そんなひとだ彼は。
誰よりも不浄を知ってるようで、実は誰よりも潔癖な人だ。


「だからお前を」

「なんででしょうねぇ」


あたしは声を出した。
こうなると、どっかで分かってたんだろう、あたしの心は酷く揺らいだけれど、声まではそれがまだ、届いていなかった。
それとも、二回目だからかもしれない。
この間は、前の世界に捨てられて、だから、もう免疫ができてるのかも。


「俺は、何を、しちゃったんでしょうねぇ」


でも、それにしても、いつ、あたしは、土方さんにとって真撰組を「汚す」と見なされるようになったん、だろうか。

何を、してしまったんだろうか。






・・・・・・・・・






君の声は、しっかりと、むしろのんびりと間延びしていて、でも、視線は崩れたじぇんがの山に固定されて、僕たちを見ようとはしなかった。
右手が、頭のネットに伸びる。
そろそろとそれを辿る白い細い指が、わずかに震えていた。
視界の端に映る銀さんの膝に乗せた両手に、力が入り、関節が白く浮き上がった。

カチ、カチと時計の動く音だけが聞こえる。

僕は何て言っていいかわからなくて、もちろん情報が少なすぎたのもあるけれど、それを言い訳にして、何も言えない。
頼りにして仰いだ顔は、酷く苛立っていて、銀さんは悔しそうに唇を噛み締めていた。

その時。


「まったく、マヨラーは包容力のない男アルな!」


神楽ちゃんが空気をぶち壊した。
ぴょん、と跳ねてじぇんがの山を跳び越し、真正面から 君に抱きつく。


「銀ちゃんはそんなちっさい男じゃないネ。 、安心するヨロシ」

「・・・・・・」


神楽ちゃんの髪の隙間から見える 君の口がわずかに弧を描いて、ゆっくりと、 君の腕が神楽ちゃんの首に回る。
反対に神楽ちゃんは腕の力を抜き、嬉しそうに笑った。

さすがうちのヒロイン。

包容力が群を抜いてる。

ふっ、と銀さんが息を吐き、笑って、膝で握った拳は開放され、


「よく言った神楽ァ!」


ばしばしと神楽ちゃんの背中を叩いて、神楽ちゃんを褒める銀さんの手は、でも、神楽ちゃんを退かそうとしているように見えた。
続きは銀さんがやるとでも言うのだろうか、さっきは何も言えなかったくせに。

じろりと咎めるような目を向けると、気づいた銀さんは気まずそうな顔をして、手を止めた。






・・・・・・・・・





「いやいや、何もしないで置いてもらえるほど俺は厚かましくないですよ!」

「いやいやいや、だから家事と雑用してくれればいいって言ってるじゃねーの」

「いやいやいやいや、たかが家事と雑用で神楽ちゃんと同じ給料(メシ)をもらうなんて申し訳ないですよ!!」


癒された!と言いながら(なんでだ)神楽ちゃんと離れた 君は、ありがとうございます、と神楽ちゃんに丁寧に礼を述べ、じゃあ昼間はバイトしないと、と言い始めた。
それで銀さんと言い合いをしている、と言うわけだ。

事実、万事屋の経済状態は非常に危ないし、 君が外で稼いでくれれば僕も肩身狭い思いをせずに済む・・・。
(お登勢さんとか、甘味屋さんとか、お登勢さんとか、スーパーとか、お登勢さんとか、居酒屋とか、お登勢さんとかに対して。)

銀さん、駄々こねてないで了承してくれないかな・・・。

てか、銀さんなんで反対してんの?


「万事屋って結構運動神経使う仕事多いでしょう?色々聞きます。・・・俺、運動神経無いんで」


万事屋の仕事は絶対手伝えませんし、と 君は銀さんに畳み掛ける。
銀さんが、でも・・・とか、その・・・とか、もごもごと口の中で言う。

それにしても、さっきといい今といい、口から先に生まれたような銀さんが、なんで 君に対してはこんなに何も言えないんだろう、と、ふと疑問に思った。


「とにかく、これ以上ご迷惑をお掛けするわけにはいきません。・・・バイト探して来ます!」


きりりと立ち上がった 君を銀さんは眩しそうに見上げる。
君は、強い人だと思う。
根っこがふらふらしてるところは銀さんとそっくりで、だから、強いのかも知れない。
根っこがふらふらしてても、自分の真ん中の剣さえ曲げなけりゃあそれは強い人なんだと、それを実感したのは銀さんからだ。

君は剣術はできないと言っていたけれど、少し猫背気味だけど、きっと真っ直ぐな剣を持ってるんだろう、そんな気がした。






・・・・・・・・・






万事屋を飛び出して、あたしはかぶき町を肌に感じる。

ごみごみした空気。
酒臭さ、腐敗臭、生活臭、どぶ川の匂い。


「治安、悪そ」


でもまあ、そんな事は無いんだろう。
銀さんもいるし、神楽ちゃんもいるし、たびたび真撰組も訪れるし?


「しっかし、どーしてくれようかな、コリャ」


あたしは少し上を向いて、得体の知れない飛行物体の浮ぶ、それでも青い江戸の空を見上げながら、呟いた。
どうしてくれよう。



一人になった途端に、泣けてくるなんて。



「あーあー・・・」



上を向いて歩いたって涙はこぼれて、ほっぺたに当たる風が、少しだけ、冷たかった。








2009/02/13ちょこっと書き直し



モドル