ジャンプの神様が来て、分裂させられて、ペンタブもらったあの日から、一週間が経った。
やっぱり、というかなんというか、あたしのなけなしのくじ運はもう一人のあたしに持っていかれたみたいで、あれから一週間、あたしは一度もじゃんけんに勝っていない。
そこまで考えた所であたしはいつも思う。
ジャンプの神様は、あたしを分裂させたとき、中身を二等分したんだろうか。それともコピーしたんだろうか。
うむむ。
あたしを分裂させたとして、なくなったのはくじ運。
でも身長とか体重とかは変わってない。
記憶とかも、減ってない、と思う。
もし減ってたとしてもわかんないんだけども。
ってことは、ジャンプのおっさんはあたしを2倍して2つにわったと考えるのが一番自然だ。
コピーしたんなら中身に差ができる筈はないし。
2つに割ったときにくじ運が向こうに引っ付いていったんじゃないか。
おそらく。
2つに割るのが下手だったんだあのおっさん。
そんなんじゃ買ってきたケーキを人数分に切り分けたときみんなにどやされっぞ。
ふああ。
ぐだぐだと考えてる夕方。
川沿いの土手道。
スーパーの帰り道。
夕日が紅くて。
眩しくて。
直視できなかったけど、してしまう、あたしの癖。
見た後は網膜に光、焼きついて。
目の前に宝石が置いてある、みたいな。言い過ぎ、みたいな。
とりあえず前が見にくい、みたいな。
写真撮られた直後と一緒。
だけど、それをやってしまうあたしの癖は、あたしに。
宝モノを、くれた。
西日が沈むビル街。
それを背景に広い川。
ぐっと手前に色んな草の生えた土手。
ちょっと視線を落とすと、幸せそうに、昼寝するスーツ。
幸せそうでもないかな、とあたしは思い直す。
このところちっと睡眠不足で、寝てる人はみんな幸せそうに見えるのです。
大体顔見えてないし。
片腕で鼻から上を隠して、だよね、だって眩しすぎる。
でも、さらっさらの、夕日に透けるような髪の毛は見えるのさ。
スーツと体格から、若い人だろうな、と思う。
つーか若くなかったら殺す。
いや、若くなくてもいいや。
かっこよくなかったら殺す。
そのスーツと、その体型で。
うむむ・・・。
すげースタイルいい。
あああああお近づきになりたい。
うわあなんかあたし盛りの付いた中2・・・アレ、猫?・・・猫。猫みたい。
でも、なんかなあ。
知り合いにならないといけない人な気がするよ。彼は(自分に都合のいい解釈)。
あたしはエコ袋からキャベツを取り出して、もう一回中に入れて、じゃがいもを取り出して(打算的!)、土手に転がした。
「あっちゃー、じゃがいも落としちゃったよ。拾おーっと」
あっちゃーだって。あっちゃー。ぷぷー。吹きだしそうになりながらあたしはよろよろとへっぴり腰で土手を下る。
「あ」
よろめいているあたしを余所に、元気なじゃがいも君は、ごつん、と、例のあの人(あ、なんか聞いた事ある)の頭に直撃した。
「ああああああああ!!」
「ん」
1mくらい脇で絶叫する女のせいで彼は目覚めた。
うん。
だってじゃがいもあたっても微動だにしなかったもんよー。
「すっすっすっすみまっせん!!じゃがいも、落としちゃって・・・」
「別に・・・いい」
素敵ヴォイスとともにスーツさんの手が顔から退けられる。
手を退けても起き上がる気配はない。
視線だけこっちにやって、
寝起きの目には色濃く隈。
すっと通った鼻梁。
思ったとおり色素の薄い髪はさらさらと夕日に染まって。
確かに劇的にかっこいい。
今までこんなにかっこいい人みたことねーよ!ってぐらいかっこいい。
の、だ、けれど。
・・・・・・あり?
「ええええええええええ!!!」
「・・・は?」
「ええええぇぇぇ・・・」
「あ」
今度は彼の方が目を見開く。
よっこいせ、と上半身を起こす。
「あんた、見えてんのか」
「なっなっなっ何がですか!」
「・・・・・・俺が?」
こてん、と顔を傾ける仕草。
無表情。
間違いない。
「おおおおおお俺って・・・誰だよコンチクショー」
「・・・笹塚と言うモンだけども」
やっぱりィィィィィィ!!
あたしは驚きのあまり口を開けたり開いたりした。
ってどっちもOPENじゃねーか!
「さっ笹塚さん」
「何」
「ウチに来ますか?」
「・・・・・・なんで」
なんで?それはなあ!
道に落ちてる笹塚さんを拾いたいからだよ!!(なんかこの前どっかいあへんさんでこんなネタやってた!!)
女のロマンだよ!ロマン!
「拾いたいからです」
「・・・・・・なんで」
ああ、あたしのばか!
何この頭わるそーな答え!何この頭わるそーな答え!
「それはそーと、あんた、俺が見えてんだよな」
「笹塚さんが目の前にいるんですよ!見ないなんて人じゃないっす。いや、動物じゃない」
「・・・よく分かんないんだけど、とりあえず、理由を訊いてもいい?」
「理由?ああ、あたしにあなたが見えてる理由ですか?・・・ってゆーか他の人には見えてないんですか!!!!?」
えええええ!!幽霊!!!?とのけぞったあたしを笹塚さんはスパゲッティに絡まったネズミをみるような目で見る。
いや、ただ、リアクションうすっ!って言いたかっただけなんだけど。
びよん、とあたしは元の体制にもどった。
はあ、と深呼吸して、ゆっくりと一歩、笹塚さんに近づき、ふらりと座る。
笹塚さんといったん至近距離で目を合わせて、どきどきして死にそうになって、どうしようもないので、目をそらして、眩しい川を見ながら、もごもごと、
「それって・・・運命なのでは」
もごもご。
言った後に顔が真っ赤になったのが分かったので(照れた。自分の台詞のクサさに、というより、あほらしさに)あたしは視線を下げる。
「運命、ねえ」
ちょっと面白そうに笹塚さんが呟いたのが聞こえた。
あたしだけに見えてる笹塚さん。
うふふ。
ふふふふ。
くふふふ。
クハハハハハハハハハハハハハ!!!!!
向うのあたしは何やってるか分かんないけど、あたしもまだまだ捨てたモンじゃないね!
いやああっはっはっはっはっはっは!
ありがとう大地!
ありがとう太陽!
ありがとう全ての生き物よ!
いや、多分お礼をいうべきは神様、だよね。
神様が最後にあたしに言い残した予言が当たったってことだよ(窓ガラスは弁償しなかったけど!あはは!)。
「ということで、笹塚さん。観念して我が家にいらっしゃいまし」
「・・・・・・観念って・・・」
静かに突っ込む笹塚さんに手を差し伸べ、伸ばされた手首を掴む。
「お」
ちょっと驚いた顔をして笹塚さんは、触われるのか、と感想を述べた。
・・・・・・・・・
気がついたらここにいた。
霞む視界の中に必死に何かを叫ぶ弥子ちゃんが見えて、ああ心配掛けて悪かったな、と思った。
俺を生かそうとしてくれる彼女に、でも、俺は、まあ、もうダメだっつーのは分かってた。
でも、弥子ちゃんは大丈夫。
あいつも、あいつも、あいつも、あいつも、彼女を救うためなら何をも惜しまないだろうから。
それに、弥子ちゃん自身の有り余るパワーは、今、無くなったりするようなモンじゃないから。
俺が今、死んだところで、彼女にとってそれは、単なる通過点に過ぎないのだろう、と微かな予感を抱いて、全く不安じゃなかった、心底安心して、俺は、ずっと忘れていた、凍り付いていた表情を、こぼした。
パン
聞き慣れた、忌むべき、あまりにも軽い、懐かしい、音を、聞いたような聞かなかったような、とりあえず、死んだんだな、そう思いながら、俺は真っ白に吸い込まれた。
で、気がついたらここに居た。
ここ、というか、ここではないのだけれど。
俺は雑踏の中に立っていて、まず思ったのは今までの事は全部夢だったのかということ。
だとするとどこからが夢だったのか。
そうして自分の全身を改めると、そう汚くないスーツ、つまり警察に勤め始めるまでは夢ではない。
安心?
不満?
とにかくそういう曖昧な感情を持て余して俺は次に、ここはどこだ、と思う。
姑息な現実逃避だと分かっていたけれど。
「すみません・・・ここはどこですか」
しかし聞く人聞く人に無視をされて、俺は少し困った。
店で何かを買えばレジの店員は質問に答えないわけには行かないだろう。そう予測を立てて近くのコンビ二に入る。
「あれ」
違和感を覚えて自動ドアを振り返る。
今、開いたかこのドア。
ドアは閉まっていて、俺が入って振り返るまでに1秒もなかったから、そんなに速くしまるわけはないので、つまり。
俺は、この自動ドアを。
もう一回ドアの前に立つ。
案の定、ドアは開かなかった。
手を伸ばす。
触る。
触れなかった。
ドアがあるはずの所に、何も感じない。
どうやら、俺は、
幽霊、みたいだ。
「夢じゃなかったんだな」
安心?
不満?
やっぱりそんな感情を覚えて俺は苦笑する。
天国にいけない事は分かっていたけれど。
お前の誕生日パーティはまだ先になりそうだよ、ごめんな。真守。
天を仰いで妹に謝った。
それから数日間、ふらふらと色んな所をさまよい歩いてまあ結構いろんなことがわかった。
・ここのモノは俺に触れられない事(ただし生物は本能的に俺を避けるようだ。ヒトも例外ではなく)。
・ここは俺の知っている場所ではない事。
・ここには俺の知っている場所がない事。
・時系列的にはそう変わりはない事。
・文明の発展の具合もそう変わりはない事。
・ここは日本である事。
・日本列島の形自体は一緒である事。
・世界地図は完全に一緒である事。
・この日本の憲法九条も向うの憲法九条と同じ内容である事。
・大体の法律が、共通していること。
・比較的物価が高い事。
・比較的平和である事。
・ここには、俺の知人がいないこと。
知人、と言うのを『知っている人』、を指す言葉だと取るのなら、そう。徹底的に、正の意味のも、負の意味のも、知人が居ない。
あいつが居なくて、俺は、生きてる意味なんてあるのだろうか、とそう考えて、死んでるんだったと思い返す。
じゃあ、俺は、この世界に、存在してる意味はあるのだろうか。
何故、こんなところに、居なくてはならないのか。
確かに面白くはある。
ほとんどの舞台設定は同じで、ただ演じるキャストが違うだけで、こんなにも違う世界になるのか。
こちらには俺の知識の範囲を超える存在がない。
奴らのことを【知識】と誇れるほど知ってはいないから。
それを除いた知識を、超える存在は、無い。
向うの世界で付き合いがあった情報屋あたりを、まあいわゆる路地裏世界をふらふらしてみたが、そこはいたって平和で、麻薬の密輸計画だとか、一般人以外の人間の殺人計画だとかが、のんびり話されていた。
安心?
不満?
もう、復讐することは、できないのか、と、とっくに諦めたはずの用件がくすぶる。
死んだ時点で諦めたと思っていた俺は、所詮諦めることができていなかったのだと嗤う。
嗚呼、どうしようもない。
死してなお清になりきれない俺には、確かに、天国は似合わない。
自嘲して、なんとなくたどりついた川沿いの土手に、なんとなく寝転んだ。
草の感触もしないのに、なぜ寝転がれるのか。
地球の神秘を感じながら、俺は眠くも無い目蓋を下ろす。
眩しさに腕で顔を覆っても、闇にはならず、無性にいらつく。
しかし、目を閉じて、暖かな西日に包まれていると、眠くないはずなのに眠くなってくるのが不思議だ。
何の危険も無い世界で、俺は眠りに落ちた。
こつん。
頭になにか当たった。
幽霊になっても低血圧は改善されていないらしく、思考がまとまらず、俺は一時固まる。
1m程離れたとこから「あああああ!」というような悲鳴が聞こえて、俺は身じろぎをした。
続いて、謝罪の声がして、ああ、俺の頭に当たったじゃがいもか、と思う。
別にいい、ととりなして、とりあえず相手を確認しようかと重い腕を脇に下ろし、俺は立っている人間に視線をやった。
女子大生、だろうか、高校生、だろうか。
警察と主婦ではない雰囲気である。
会社員とかかもしれない。
化粧はそんなにしてない、上下ジャージの、でも警察として悪い感じはしない女性だ。
わあわあと騒いでいるのを聞きながら、低血圧の頭はやっと気づいた。
「あんた、見えてんのか」
こうして、俺は、この、奇妙で、奇妙な女に出会ってしまった訳だ。
2009/01/18