「副長!どこ行ってたんですか!」
崩れた天気の中、小雨に濡れながらようやく屯所に帰ってきた土方さんの腕を掴む。
のいる部屋にひっぱっていこうとして、ふと土方さんの顔をもう一度見た。
「土方さん、酷い顔じゃないですか・・・一体何して来・・・いや、そんなことより
が!」
「!」
「
が記憶喪失なんです!」
ああ、土方さんの顔がますます酷いことになった、と俺は知られたらまずいような事を思った。
掴んでいた土方さんの腕が俺の手からするりと抜ける。
部屋を目指して猛然と走る土方さんは、初めて見るほど、取り乱していた。
・・・・・・・・・
「
っ!」
息を切らして飛び込んだ部屋では
は起き上がって救護班の奴と談笑していて、飛び込んで来た俺を反射的に振り向くと、俺の勢いにか、それとも酷く焦った顔にか、大きく驚いた顔をした。
「どーしたんですか、土方さん」
「分かるのか、俺のこと。だ、大丈夫なのか、起き上がったりして」
真っ先に耳に飛び込んで来た自分の名前に安心しつつ、俺は
に尋ねる。
「やだなぁ山崎さん。何て言って連れて来たんですかー。土方さん大変な顔しちゃって」
あはは、と笑う
を受けて山崎を振り返ったが、山崎は先ほどと変わらない沈痛な面持ちをしている。
「痛いだろう」
と
の頭に手を伸ばすと、背後の山崎が「あ、」と言った気がした。
・・・・・・・・
プルルル・・・
プルルル・・・
プルルル・・・
プルルル・・・
プルルル・・・
プルルル・・・
プルルル・・・
プルルル・・・
「ちっ」
出ないか、と諦め掛けた所でプツリと電子音が途切れる。
「すいやせん土方さん今日は俺」
「
が、」
の名前を出すと総悟は息をのんだ。
ひゅ、と息を吸い込む音が耳元で聞こえる。
「
が、記憶喪失らしい」
「!」
「屯所に帰ってきてから後の記憶を、失くしちまってるそうだ」
「な、」
俺はそれを言えば総悟は、少しは嬉しく思うんじゃないかと浅はかにも思っていた。
多少の良心の呵責はあれども、
との関係が元に戻るのなら、それだけで総悟は嬉しいのではないか、と。
「は、はは・・・」
予想に反してその自嘲は絶望に彩られていて、
「謝らせても、くれねーってワケですかィ」
掠れた声に涙の色が滲むのを、俺は確かに感じた。
「っぁ・・・あ、」
喉から振り絞るような、悲鳴のような嘆きの声。
「総悟・・・すまん」
「・・・・・・」
「すまん、総悟」
「何で、土方さんが謝ってるんでさァ」
何で、と繰り返して総悟は言葉を切った。
「俺が、俺は、土方さんに謝っても仕方ねーんだ」
俺が謝らなきゃならねーのは、謝りてェのは、
「
・・・っ」
縋るような、呼びかけるような、祈るような、その、叫び。
胸で潰されてしまったような、か細い、叫び。
「てめーらしくもねー、」
俺は聞いていられなくて早口にそれを言った。
「ホントに謝りてーんなら、帰って来い。帰って謝っちめーよ」
(
にとって、記憶を失くしたことはいいことかもしれねー。だけど、)
(あいつ、人に触られると拒絶反応が出るようになっちまった)
俺の指が
の頭に触れた瞬間、
は頭のてっぺんからつま先までかちりと固まった。
その直前までにこにことしていた顔は蒼白になり、一瞬の間を置いて全身で震え始めた。
ちょ、オイ山崎、
、コレ、とテンパる俺の指を山崎が
の頭から引っぺがした。
(ごめん、なさい、土方さん)
小さく口だけで笑んで
は顔をうつむけた。
いーや、と反論した総悟の声に引き戻される。
「
は、旦那に引き取ってもらうことにしたんでやしょう?」
「んで、それを・・・」
「土方さんの思いつく事ぐらい、簡単に予想できまさァ」
ふう、と微かに笑いを含んだような、けれども重い溜息を送話口に吹き込んで、総悟は、
俺はもう
にゃあ会いやせん、
と、言った。
「・・・・・・は?」
「会いやせん。もし偶然会ったとしても、謝りやせん。ソッコーで逃げやす。ヤな事思い出させるぐれーなら、俺は、」
「いいのか、お前はそれで」
「俺が謝って、満足するのは、俺の卑怯な心臓だけでさァ」
ヒヒ、と総悟は自嘲する。
の中では『頼れる沖田さん』で居るってーのも、悪くないですしねェ、そう続けた総悟の言葉はまるっきりの嘘だ、とありありと感じられた。
「あああ辛ェなァ、
と会えねーのは!」
妙にすがすがしく、涙声のまま総悟は言い放った。
「つーことで、土方さん、俺ァあと2、3日フラフラしてまさァ」
によろしくお願いしやす。と残して、総悟の電話は切れた。
・・・・・・・・・
「総悟の奴、でかい仕事が入っちまって・・・見送りに来たかったって言ってたよ」
「そうですか・・・」
でもいつでも会えますよ近くなんですから、と明るく俺の顔を見上げる
に、そうだな、と答えながら、罪悪感で押しつぶされそうになる。
「それに、俺はすぐに真撰組に帰ってきますからね!」
あれから俺は
をしっかりした医者に再検査してもらい、他の記憶は失われていない事、身体に異常がないことを確認した。
それから、真撰組からしばらく暇を出すことを告げた。
当然ながら
は、頭怪我してても雑用ぐらいできます、と言い張ったけれど、頭は万一があるから、と俺から言い含められ、しばらく休んでたらいいよきっと疲れてたんだろう、と山崎からなだめられると、しぶしぶといった感じで折れた。
本当に、疲れていたのかもしれない。
いや、疲れているはずだ。
精神的にも。
本当は。
「
くーん」
「銀さん!」
能天気な男の声と、安っぽい原付のエンジン音が聞こえた。
「あらら本格的に怪我しちゃって」
屯所の横に色々と改造してある(でも原付)バイクを無造作に止め、万事屋は俺たちに近づいてくる。
いや。
に。
「たくもー、だから真撰組は向いてないって言ったでしょーが」
「ち、違いますよ銀さん!コレは俺が馬鹿やっただけなんです」
両手をぶんぶん振って必死に
は俺たちを弁護する。
万事屋はそこで初めて俺の顔を見た。
「・・・・・・ふーん、そぉ」
低い声。逸らそうとしてもぴたりと貼りついて離れない視線。
視線のみで斬られてしまいそうだと思う。
大変な野郎だ、前から分かっていた事だけれど。
「そうですよ!なんにも危ない事してないんですよ!」
「でもさァ、
君が怪我したのは、この建物の中でしょー?」
「この建物、って・・・はい、屯所の中ですけど」
「ってこたァ真撰組は建物から危険ってわけデスよ」
「えー」
万事屋は俺に向けた表情を一変させてにへら、と笑い、ぐしゃぐしゃと
の頭を撫でる。
「「あ」」
俺と
の声がハモり、
は真っ赤になって固まった。
・・・・・・ん?・・・赤?
「うひゃ、も、なにするんですかぁっ」
「さーあ
君、万事屋に帰りますよっ、と」
そのまま万事屋は
の腕を掴んでメットをかぶせ原付の後部座席に乗せる。
何故かちゃんとサブメットだけは備え付けられている原付に感謝した。
わたわたと慌てる
の腕が万事屋によって強制的に万事屋の腰に回される。
原付の二人乗りだとか、メット着用だとか、言うべき事はそれこそ山のよーにあったが、俺はそれどころじゃなかった。
「
っ、お前、大丈夫なのか!?」
「は?何がですか・・・って、わぁ、銀さんもう出発ですか!」
出発の反動でぐん、と後ろに引っ張られる
の頭の動きに顔をしかめる。
ちったァ気ィ使いやがれってんだ。
それでも万事屋の腰に回ったままの
の腕に、不思議なような、悔しいような、悲しいような、でも納得するような、そんな気持ちになった。
・・・・・・・・・
ぎゅん。世界が変わる。
いいかぜ。
すぅ、と息を吸い込んであたしは目を閉じた。
銀さんのにおいが至近距離でする。
そのことに気づいて顔が一気に赤くなるのが分かった。
(もったいない!!!)
自分にはもったいなすぎるのだけれど。
病み上がりだと言うことで。
どっかの神様には見逃してもらおうと思う。
ずくり、と頭が痛む。
知らず回す腕に力が入ったのか、銀さんが身じろぎして、笑った。
2009/1/12修正
モドル