よっ、と無意識に声を上げて俺は
を背中から布団に降ろす。
総悟と
の部屋に寝かすのもどーかと思うし、救護室に入れるほど大事にしたくはなかったから俺の部屋のだが、まあ問題はねーだろ。
くたりと力なく布団に落ちる
の腰と後頭部に手を添え、そっと横たえてやる。
枕に具合よくあたるようにと頭に添えた手の位置を少しずらしたところで、その手に違和感を覚えた。
ぬるり、と覚えのありすぎる感触。
どくり
心臓が嫌な動き方をする。
そろっと半分ほど引き抜いた掌には、べったりと、赤。
(総悟あいつ何しやがった)
ざっと音を立てて血の気が引いて行く。
慌てて
の顔を見ると、異常な青白さに今さら気付かされた。
青白い額には脂汗が浮かんでいる。
(どうすればいい)
いや、思い出せ俺。
知っているはずだこんなときの処置くらい。
この程度の傷、慣れすぎているほど慣れているはずだ。
それなのに何故。
何故こうも頭が引っ掻き回される?
ぱっぱっ、と頭に浮かぶのは
と総悟が楽しそうに笑う、沢山の光景。
「土方さん?」
呆然と声の方を見やる。
開け放しにした襖を訝しんだのか洗濯物を抱えた山崎がこちらを覗いていた。
「
じゃないですか!どうしたんですか!?」
どさ、と手に持っているものを廊下に落とし、山崎が走りこんでくる。
の肩に手を掛けようとして、ぴたりと動きを止めた。
その視線の先は俺の右手。
「動かさない方が、いいですね?」
「そう・・・か」
「そうかって、頭怪我してるんだから、そうでしょうが!」
救護班呼んできます、と言ってばたばたと出て行った山崎をぼんやりと見送る。
「う」
頭が痛んだのか
が眉をしかめて身じろぎをした。
ああ。
何をやってんだ俺は。
真撰組副長ともあろうモンがこんなザマでいいのか。
頭の出血の応急処置、とりあえず枕に頭を乗せる、で間違っては無いはずだ。
やっとのろくさく動き始めた脳を叱咤する。
他に何が出来る、俺に。
自らの無能さ加減にほとほと呆れ果てていると、山崎が救護班の奴を連れて戻ってきた。
さすが隠密。いやちょっと違うか。
救護班は
の血に染まった俺の手を
の頭の下からそうっと退かし、洗ってきてください、と言って傷の診察を始めた。
「副長!この怪我はどういう経緯で!?」
「総悟が」
言いかけて言葉を切る。
救護班の奴がいらいらとこっちを向いた。
「副長に向けて打ったバズーカの流れ弾に当たったとかですか?」
「気の毒に、
」
『てめーが当たれば良かったんだよコノヤロー』と顔に貼り付けた山崎を殴る気にもなれない。
流れ弾。
そんな平和なモノだったらどんなに良かったか。
バズーカが平和だと思える日が来るとは。
「違ぇよ」
呟いた俺の言葉の重さに山崎が顔をしかめ、すっと立ち上がる。
「じゃあQ吾、手当てしてやってくれな。俺ちょっと土方さんと話がある」
おうよ、と答えた救護班に軽く手を振って山崎は俺の左腕を掴み、立ってください土方さんと囁いた。
それにおとなしく従うのをしゃくだとも思わずに立ち上がって山崎と共に廊下に出て、襖をぴっちりと閉めた。
「何があったんですか」
「・・・・・・」
「沖田隊長はご自分のお気に入りに何やったんですか」
「言え、ねー」
「言えないようなことなんですか」
「・・・・・・あぁ」
「あああ、もう!俺だって心配なんですよ!?」
「すまん」
「なんで沖田隊長は
の傍に居ないんですか!?なんで、あんな酷い怪我してるってのに、」
「・・・すまん」
「分かりました。何も聞きません。副長と隊長を信用します」
ただ、と続けた山崎の声に顔を上げる。
ただ、
を、また、一人にしないでやって下さい、
泣きそうな声で山崎はそう言うと、
「で、俺は沖田隊長を探しに行ってもいいんですか」
「・・・」
「・・・・・・駄目なんですね」
「ああ」
ふぅ、と諦めたように溜息を吐くと山崎は笑った(かっこいいじゃねーか)。
「じゃあ、土方さんが俺とQ吾に望むことをどーぞ」
「あ?」
「だから、俺達に何をして欲しいですか。もしくは、」
何をして欲しくないですか。
その質問は少し寂しげだったから、俺は戸惑う。
「
の怪我のこと、誰にもしゃべるな。その原因が総悟にあることも。誰にも。近藤さんにも、総悟自身にも」
総悟自身にも、と言ったところで山崎の目が微妙に開かれる。
分かりました、と了承の言葉を受け、俺はちょっと出てくる、と部屋を後にした。
近藤さんに知られちゃなんねー。この事だけは。
あのひとはストーカーなんてコトやってる癖に、途方も無く純粋だから。
総悟は、きっと、酷く傷つく。
自分の手で、あんな酷い、怪我をさせてしまったのだ、から。
他でもない、
に。
屯所の門をくぐり、不景気なツラした空を見上げた。
さっきまで穏やかな光を投げかけていた太陽は雲の間に姿を隠し、暗い雲が雨を予感させる。
(急ぐか)
万事屋に。
・・・・・・・・・
ホントは気付いてた。
土方さんは気付いてなかったみたいだったけど。
何であんなでかい存在感丸出しのモノに気付かないんだ土方さん。
の青白い首筋の、
くっきりと紅の、
・・・歯形。
それも明らかに、人間によってつけられた。
伊達に何年も隠密やってる(トホホ)訳じゃない。
あんなにくっきりとした歯形、ちらりと見れば人間の、男の物だということぐらいは分かる。
あの歯形と、土方さんの態度、言動、それらを総合すれば・・・
(考えるのはよそう)
ぶん、と頭を一度だけ振る。
だけど、沖田さんに会ったら俺、どんな反応すっかわかんねーな。
ふと、苦笑いが漏れる。
きっと俺は、あの人を許してしまうだろう
それだけは予想できて。
・・・・・・・・・
「なんなのお前ら」
万事屋の玄関のドアに寄りかかったまま、俺は目の前の多串くんを見やった。
俺がそう言った途端に多串くんは押し黙った。
「さっきから聞いてりゃ近藤さんの総悟のってお前、」
いらいらする。
思考がまとまんねー。
す、と息を吸込んで、ああ、こんな奴だったかこいつは、と思った。
「てめーらの事ばっかじゃねーかよ」
「何が・・・」
「何が、近藤さんには知られたくない、だ」
「何が、総悟をこれ以上傷つけたくない、だ」
「一番傷ついてんのはアイツだろーが」
「一番痛ェのはアイツだろーがよ!」
沖田君の横で笑っていた
を思い出す。
沖田君とカップルみてーな会話をしていた
を。
「寛容に受け入れといて、何だ、自分達のうすぼけた平和が脅かされたら即追ん出すのかよ」
「それとも、はなっからアイツなんて異分子だったって言うのかよ」
真撰組が、好きです。
そう言っていた、アイツの瞳は、誰よりも真剣に沖田君を、真撰組を、見ていた。
「そんな奴だったか、てめー」
もっと、もうちっと、気に喰わねーが、もうちっとマシな心意気を持った奴じゃあなかったか、この土方という男は。
こんなにも簡単に、崩れるものか。
こんなにも脆いものだったか。
ああ、
「失望させてくれますねェ?」
ふざけた口調で吐き捨てた言葉が、虚空を打つ。
明らかに寂しさを伴った声音は、もう隠せない。
「
君は、おおせのとーり万事屋で引き取りましょう」
・・・・・・だから、とりあえずお前は俺の前から居なくなれ、よ。
・・・・・・・・・
「・・・・・・
?」
「山崎さん?」
てきぱきとあっという間に手当てを終えてしまったQ吾の手当ての出来具合に感心するフリをしながら
の頭にかかった目にいたい白のネットを苦しく眺めていると、その当人の目蓋がゆっくりと開いた。
「あれ、俺」
なんで、あれ、いつの間に、とかぶつぶつ呟いている彼の様子に、恐怖とか、絶望とか、信頼してた人に裏切られた子特有の感情が感じられず、ほっとする。
「山崎さん、俺、どういう経緯でこうなっちゃったんですか?」
は自分の頭を指差しながら俺に尋ねた。
「え?」
「いや、屯所に帰ってきたとこまで覚えてるんですけどね、あれ、」
うーん、と唸ってから、ああ、やっぱり、と呟いて、彼は身を半分起こして俺を見つめた。
「記憶喪失ですかね、頭打ったみたいだし」
さあ、俺はどんな馬鹿やったんですか、と自虐的な、それでいてちょっとわくわくしたような声を出す。
俺は言葉を失った。
どう答えろって言うんだ。
土方さん。
こんなときにいないなんて、なんて頼りがいの無い。
縁側から転げ落ちたんですか、廊下で滑ったんですか、と
が指を折りながら挙げているのを聞いて、いたたまれなくなり、それを遮る。
「よく、分かんないんだよね、俺」
その時傍にいなかったし、と苦笑いしながら吐き捨てる俺に
はそうなんですか、と明るく声をあげた。
モドル