ああもうあたしにはシリアスなんて似合わないのに
「帰ってきたんですかィ、おめおめと」


冷たい声音で言われて驚いた、というより、嬉しかった。
いや、Mに目覚めたとかそんなんじゃなくて!
きっと無視されるだろうと、思っていたから。

それでも、沖田さんから漂ってくる空気はピン、と張り詰めたもので、やっぱりあたしとは全然違う種類の人間だ、と心底感じた。
あたしが出せるのは眠気ぐらいのものだ、からなあ。


「総悟」


土方さんが沖田さんに手を伸ばす。


「なんですかィ」


トゲトゲとした言葉を打ち返す沖田さん。
土方さんに怒ること無いのに。
いや、少しはあるけど。
でも怒る理由があるのはあたしにだけで、沖田さんは、沖田さんがあたしの寝言を土方さんに伝えたんだろうから土方さんに怒る謂れは無い、筈だ。


が今日ここに戻ってきたのは荷物をまとめるためだ」


えええええ。それじゃああたしがここを出てくみたいじゃないか。いや、出てくんだけども。
でも働くのはここですが何かァァァ!??
土方さん言葉足りねェェェ


「あァ、そーですかィ」


沖田さんの冷めた声を聞いてあたしはほっと息をつく。
あたしは負だろうが正だろうがあんな強い感情を込めた目で睨まれた事は初めてで、それで、やっぱり怖かったんだなあ。


「・・・なんて言うとでも思ったかァァァ!!!」


ええええええ。
沖田さんがあたしの服の胸倉を掴んだ。
ええええええ。


「土方さん・・・・・・ 借りまさァ」


土方さんが一瞬焦った後に、好きにしろと溜息をつく。
好きにしろってなんだお前!
あたしの許可は取らんのかコノヤロー


「さて、土方コノヤローの許可ももらったことだし、楽しくお話しましょうかねィ、


怖ぇぇぇぇ!
まじで怖ぇぇぇぇ!

本気で怖がるあたしの服を一旦離して背中側(襟首ってヤツだ!)を掴みなおし、あたしをずるずると引きずっていく沖田さん。
や、やっぱりマッチョだ!この人!
マッチョに見えないけどマッチョなんだ!





上から声が降ってきた。


「お前は俺のモンでィ」


その声に泣きそうになる。
怖かったわけじゃない。
悔しかったわけでもない。
ただただ哀しかった。
哀しかったんだ。


「お、沖田さん」

「そんな蛙の潰れたよーな声でしゃべるんじゃねーや」

「・・・・・・」


むむぅ。

あたしは口を閉じる。
ところで、一体沖田くん、君はあたしをどこに連れて行こうとしてるのかなー?

ベタにあの・・・・・・倉庫とかじゃないよね?
倉庫とか・・・

体育館裏並みにベタだからね!?分かってます!?


・・・・・・。


いっやだああああああ倉庫だあああコレは確実に倉庫に向かう道だああああ

あたしは今さらながら抵抗しようと傍の柱を掴んだ。
いや、引きずられっぱなしってのは・・・・・・ねぇ?さすがに





沖田さーん

顔怖いですー

オーラも怖いですー

もう、泣くよ?

泣いちゃうよ?


「・・・・・・すみません隊長」


あたしは泣く泣く柱くんとさよならした。
うええん。
生きて会おう!柱くん!
待っててくれ!柱くん!


ぎぃ。


倉庫の扉を開ける音が聞こえた。
恐怖!まっじ恐怖!ホラー映画並みの恐怖!

明るい廊下から一変して辺りが暗くなる。
埃くさい。
引きずられる床も磨かれた木から埃の積もった土へと材質を変えた。


ばたん。


倉庫の扉が音を立て、途端にあたしの視界はゼロになる。
自分の手すら見えやしねー。

ふわり、と体が浮く感覚。


がしゃん、と音を立ててあたしは何か堅い物たちの積み上げられた所に放り出された。


痛い。怖い。



「沖田隊長・・・」

「旦那のとこに行っちまうんだろィ?」

「いやっ!あの、確かに住所はそっちに移す、というか、いつまでも隊長の部屋で寝泊りさせていただくのもなんかなー、と思いますし、」

「俺は別に良かったんでィ・・・・・・ の、寝言さえ無けりゃァ」

「すすすすみません!その件に関しては土方さんから聞かせて頂きましたァ!あの、ホントすみません、自分寝言とか言わないタイプだと思ってたんですけど」

「ってことァそれだけ旦那に、あー・・・くそ」


柔らかいくしゃりという音がして沖田さんが頭を掻いたんだろうと分かる。
やっと目が慣れ始め、ぼんやりと沖田さんの輪郭が見えた。
沖田さんはあたしが男だと思っていて、あたしが寝言で銀さんの名前を呼べば、そりゃあ、気持ち悪いのも当たり前で、ああごめんなさい。


「っでも!真撰組はやめませんから!」

「・・・・・・知ってらァ」

「え」

「俺がイラついてんのは、な」


生暖かい風が起こり、沖田さんの上体が降りてくるのが分かった。
肩口をつかまれ、目を見開く。
これは驚きの動作で、見開いても視界の悪さは変わりゃあしなかったけれど。
でも、ゼロでなくなった視界に、微かに、沖田さんの整った目鼻立ちが見えた。





はいなんでしょう隊長様。


「・・・男同士でも、『ヤ』れる、って知ってやすかィ?」


ええええええ
あたしにソレを聞きますか!
こちとら腐っても腐じょ・・・・・・腐女子って腐ってんじゃん元からァァァ!!!
あ、すみません現実逃避しました今。

沖田さんがこのタイミングでね、それを言うってことはね、ココ倉庫だしね、うん、アレ、


「おおおおお沖田隊長!!!?」


何考えていらっしゃるのォォォォ!!


「離れられなくしてやりまさァ」

「じ、冗だ「安心しろィ、俺は本気でィ」・・・沖田さん、そっちの趣味が」

「ねーよ」

「・・・・・・」

「ただ・・・自分のモノは、どんな手段使っても離さねーって決めたんでねィ」


沖田さんの声に寂しげなものが混じり、あたしははっとする。
今・・・原作じゃどこらへんなんだ?

・・・・・・ミツバさん・・・?


「たいちょ・・・おわっ!」


がつんと鈍い音と共にあたしの体が床に押し付けられる。
体に乗った決して軽くは無い体重。
床に押さえつける強い力。
これは・・・本格的に、危ない、のか、な
沖田さんの体重、と言うより気迫に押されて一ミリも動けない。





そう呟いて沖田さんは顔をあたしの顔に、いや違うもう少し下、だ、


「うあっ」


がぶりと首筋を沖田さんに噛まれて全身に戦慄が走る。
喰われる、という極本能的な恐怖があたしの体に覚醒をもたらした。

なけなしの腹筋に力を入れてあたしはもがく。
・・・もがくしかできない自分の体力を心底恨んだ。


「お、沖田さんっ!」


あたしが裏返った声をあげると、沖田さんは、ち、と舌打ちをし、首筋から一旦顔を上げたかと思うと、右手を肩から外してあたしの頭を掴みあげ、そのまま、

ごす

床に落とした。


「うっ」


目の前にばっと広がった火花に気が遠くなり、あたしは必死で意識を手放すまいとする。
泣くまいと思ったのに、目じりから涙が流れた。
そうだ、沖田さんは別にあたしを好きなわけでなく、所有権を離したくないだけで、だから。

がんがんと頭が痛む。
わんわんと音が響く。
目の前で沖田さんの口が動いているのに何も聞こえない。

この状況からあたしと、それから沖田さんも救うためにできることはただひとつ、


「誰かっ!誰か助けてくださいっ!!」


か弱い腹筋を奮い立たせ、最大限の音量で叫ぶことだけ、だ。


「んな事したって無駄でィ」


頭の痛みがましになってきて、沖田さんの言うことが微かに聞こえる。


「ひ、土方さんに、」


動かない口を懸命に動かす。


「さァて、言えるかねェ、あんたに。沖田隊長に掘られましたーって?」


ぐ、とあたしは言葉につまる。
言えるわけない。
こうして世に性犯罪は蔓延するんだ、と身をもって自分が感じることになるとは思ってもみなかった。


「諦めろ」


沖田さんの手があたしの帯に掛かった。


「おめーは俺のモンでィ」


何度目かになるそのセリフになんの喜びも感じないあたしは贅沢者なのだろうか。
そう思ったところで頭が突如割れるように痛くなり、あたしは痛みが先ほど引いたのは波のように押し寄せるからだと気付いた。
右腕が空いているというのに全く動かせない。

がさがさと音がして帯が解かれて行くのを感じ、頭の中がどうしようもないほど混乱する。
どうすればいいんだ、どうすれば。


がこん


その時、扉が開いた。

ぱ、と溢れた光が眩しい。


(ああ、助かった)


あたしは光に浮かぶシルエットに(誰だか分からないが)感謝した。


「何、やってる」


何、の時には戸惑いを含んでいた声が台詞の最後にははっきりと怒りを帯びる。
この声は、土方さん。


「総悟!」


土方さんは駆け寄るが早いか沖田さんをあたしの上から引き剥がした。
ばき、と嫌な音を立てて土方さんの拳が沖田さんの頬に直撃する。
びくりと体を震わせたあたしに見向きもせずに沖田さんは土方さんのお腹に蹴りを入れ返すと、ぐ、とくの字に折れ曲がった土方さんに、


「ちょっと遊んだだけでさァ」


と、何事もなかったように言い放った。
そしてあたしに目をやると薄く笑って、


「なァ、 ?」


ど、どうすればいいんだろう。
ここで肯定しておけばこれからも真撰組で働ける、そういうことだろうか。
迷っていると、土方さんが唸った。


「んな訳ねーだろォ」


やっぱそうだよねェェェェ!!!
わかっちゃうよね!普通!
無理があったってよ!沖田さん!


「遊びで相手をこんな風にするよーな奴じゃねーだろーがよ、お前は」


土方さんはお腹を押さえながら食いしばった口の間から漏らすように声を出す。


「これだから生真面目な奴ァ困りまさァ」

「あァ!?」

「あんたが目ェつぶれば、万事上手くいくのが分かりやせんかねェ?真撰組隊長が正真正銘のSだってバレたら不味い、恋人が男だってバレたらなお不味いでしょーが」


ああああああ来たァァァ!!その手があったか!

一向に回らなかった頭が、ふ、と復活した。
つまりコレはSMプレイだったと、そう誤魔化す訳ですね、沖田さん。

酷ぇ。

あまりにも酷い。それは。

ノーマルな土方さんにとってSだとかMだとかは理解できる世界ではなくて、そうか、深く突っ込めないとこあるもんなあ。


「誤魔化すな総悟。 が好きなのは、万事屋だろ」


えええええ。そう来ましたか土方さん。
真面目なところが裏目に出たな!
寝言で名前を呼んだ=好きな人ですか!!
くっそー土方さんが桂さん並みに天然だとは思わなかった!
桂さんがしそうな間違い・・・・・・いや、間違いではないんだけども。
普通それはないだろ!


「っつーのは冗談として」


冗談なのかよォォォ!
この場面で冗談かよ!
もう嫌だこの人!
誰か助けて!


「お前がSかどーかは、まァ、そーだろーが、 はMじゃねーって」


嫌だって言ってごめんなさい!
土方さんまじいい人!


「泣いてんじゃねーか」


そう土方さんが言った瞬間、沖田さんが驚くべき速さであたしを見て、少し目を見開いた。
気付いてなかったんですか。


「悪ィ」


そう呟いた声は消え入りそうで、あたしは気にしないで下さいとか言ってしまいそうになった。


「頭、冷やして来やす・・・処罰はその後で・・・なんだって受けやすんで」


え、

どーして

そんなに

え、

』を泣かしたくなかったんなら、

なんで、


訳が分からない。

訳が分からない。

頭がまたごちゃごちゃしてくる。

沖田さんは、あたしをどうしたかったのだろう。


土方さんに立てるかと言われて首を横に振ると土方さんは何かに耐えるような顔をした。
ぐい、と立たされて、負ぶされ、と言われてしゃがんだ土方さんに倒れこむようにして負ぶさる。



陽の当たる明るい廊下を土方さんの背に揺られて戻りながらあたしは、気を失うように眠りに落ちた。




・・・・・・・・・・




総悟が に異常に執着しているのは分かっていた。
再三自分の物だと口に出してもいたし、万事屋の名前を が呼ぶんだと俺に打ち明けた時も半端でなく苦しそうだった。

だが、あいつの執着は飽くまで健全な域をでないだろうと考えた甘い俺が、今回は悪かった、一番悪かったのだろうと思う。


(すまん、)


にも悪かった。そして総悟にも悪かった。
ちゃんと真剣にあいつの話を受け止めてやれなかった俺が、悪かった。




・・・・・・・・・・



それでも真撰組はやめないという台詞が引き金だったんだと思う。
俺がいっとう好きだったのは が、俺と同じ部屋で心底安心して眠っている時間で、 の寝息を聞くと、俺も安心して眠れたのだった。
それが旦那に奪われると思った瞬間、頭が真っ白になった。

と、言うより、昼間、 の楽しげに笑うあの顔を見て、心から信頼してくれるあの顔を見て、一緒に過ごして、でも夜になれば旦那のもとに送り出さなきゃならない、なんて。

そう、思うと。


(だけど、)


もう、 のあの安心したような笑みは見れねー、一緒に眠ることなんてできやしねーんだ。


(なんて、)


なんて馬鹿なことをしたんだろう俺は。
人通りの少ない通りで、コンクリートブロックの壁を殴ると、ブロックはぼろりと欠け、俺の拳からは紅い血が流れた。






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ホントすんまっせーん!!ウチの沖田が暴走してすんまっせーん!!!もう・・・ホント・・・orz(2008/12/21)




 

モドル