しばらくしてぎゅっと閉じていた目をおそるおそる開くと目の前に、
・・・・・・あたしがいた。
「「どわっせぇぇぇぇい!!!」」
は、ハモってしまったあ。
「何驚いてるんですか、分身の術を使うって言ったでしょう。成功してよかったー」
「「実験台かよ!!!」」
そうそう、さっきし損ねたつっこみをね・・・・・・うん、カブるんだね、やっぱり。
「ドベが居るから一番がいる、と言うようにね、何事にも最初の人は必要なんですよ。最初にナマコを食べた人とか、最初にドリアンを食べた人とかね」
おっさんが言い終わった後、誇らしげな顔をしてこっちを見るのであたしともう一人のあたしは怒る。
「いいこと言った!みたいな顔しないで下さいよ」
これはあたし。
「そうそう、最初ミミズとかで試してからにすればいいじゃないですか!」
と、もう一人の。
「し、失礼な!ミミズでは試しましたよ!人間で初めてってだけです」
おっさん。
「ミミズのすぐ後にあたしですか・・・・・・」
あたし。
「ネウロ並に酷いなこのおっさん」
もう一人の方。それに答えてあたしが、
「おっさんのくせに」
と言ったのをきっかけにおっさんが叫んだ。
「ああああ!!!もう同じ声と顔でわーわー言わないで下さい!」
それには「「誰のせいだと思ってんだ!!!」」とハモってしまったけど。
「へーへー私のせいですよ。ではもう早速飛ばしちゃいましょうかねー。さて、どちらが行かれるんです?」
あたしともう一人のあたしは目を見合わせる。そりゃあ二人とも行きたいにきまってる。
でも二人とも行ったら分裂した意味無くなるしな。
ここは公平に・・・・・・
「「くじで」」
あったまいー。あたしたち。
だってあたしたちならじゃんけんで決めてたら永遠にあいこ出しそうだもんね。
「じゃあ恨みっこナシですよー。この割り箸(と、おっさんがポケットから割り箸を取り出した。何で持ってんだ)の、先が赤いほうを引いたほうを飛ばしますからねー・・・・・・はい、どーぞ」
おっさんの片手に握りこまれた二本の箸。
あたしたちはそれを凝視する。
「「お先にどーぞ」」
「「あ、そう?じゃ」」
「「いやいやどーぞどーぞ」」
「あああああああもう!どうしてそうなるんですか!お二人さんせーので引いて、せーので!はい、せーの!」
バッ
「「「・・・・・・」」」
二人が掴んだのは同じ箸でした、という。
一瞬早くあたしが箸を手放して言う。
「じゃあ、あたしはこっちで」
「あ、ごめんね?」
「いやあ、どっちが当たりかは分かんないよー」
そして二人でおっさんを見上げた。
「「さあ、おっさん!!」」
おっさんがパッと手を開く。今度は焦らさずに。
あたしの箸の先は・・・・・・
赤でした!!!!
「ぃやったあいっ」
あたしは両腕を突き上げて喜びを全身で表現してみた。
でも、それと対照的にずーん、と床にへばりついて落ち込んでいるもう一人のあたしを見ると、そんなに喜べない(だって見かけ自分だよ?)。
喜べないけど・・・・・・
「ふっはっはっはっはっは!これで笹塚さん行きの切符は我が輩のものだな!いやあ、君を見てるとあんまり喜べないのだがね、行かせてもらうことにするよ。はっはっはっは!ひざまずけ愚民ども」
「思いっきり喜んでるじゃねーかァァァ!!!」
涙目のもう一人のあたしががばりと体を起こす。
自分の涙目って、しょーじき・・・・・・キモいです。
「さあではジャンプのおっさんっ!あたしを笹塚さんのもとへ連れてって!レッツゴー!」
「え、もう?じゃ、詳しいことは説明書に書いておきますから!冷蔵庫の野菜室に入ってますからね!」
えええええ何ソレ、と言う暇もなくおっさんはまたしてもどこからともなく杖を出し、ぶんぶん振り回した。
(れ、冷蔵庫の野菜室!)
とりあえず忘れないように頭の中でソレを叫んだあたしの目の前で弾けた花火は、さっきとはクラベモノニナラナイクライ大きくて、色鮮やかで、その分衝撃もでかかったです。と、思いました。
・・・・・・・・・・・・・・・・
「ええええええええ!もう飛ばしちゃったの!?お別れの言葉もナシぃ!?もっと触れ合いたかったのに!てゆうかズルい!あっちのあたしズルい!!ズールーいーーーー!!!」
あたしはがくがくとジャンプのおっさんを揺さぶった。
「最後のそれが本音ですか・・・・・・。恨みっこナシって言ったでしょう?しかもあっちが残りでしたし」
「それでもズルい!叫ばせるぐらいしなさい!」
はいはい、と諦めたおっさんを放り出して、あたしは床にへばりつきなおす。
「うー・・・・・・あたしって、昔からくじ運悪いんだよねー」
「いや、それは向こうもでしょーが」
「あたしのわずかばかりのくじ運をあっちが持って行ったに違いないですよ」
「お二人の力は同じはず!・・・・・・とも自信持っては言えないんですけどね、なんせ初めてでしたし」
「そーですよ、絶対に均等じゃないですよ!くっそーこのマダオめ。ムッツリジャンプおっさんめ」
「なんでムッツリになったんですか」
「ノリですよノリ」
「・・・・・・」
あたしとおっさんの間に沈黙が流れた。
あたしは持ち上げていた首をぱたりと降ろす。
木目とお友達さ!あたしは。
この木目、トカゲに見えるなー。
「さてと、」
おっさんが意味のなさそうな声を出して、いや意味無くなかったァァァァ、身支度を始めやがる。
「おっさんその動作、もしや帰られますの?」
「え、そのつもりでしたけど」
ぎくりとおっさんがあたしを見る。
「まじでかぁ・・・・・・」
あたしは盛大な溜息とともにますます床にへばりついた。
「あたしは折角ジャンプの神様と会える素晴らしい機会を引き当てたのに、『ジャンプまじ神って・・・(略)・・・で賞』も、もらったはずなのに、なんにももらえずにこれからも笹塚さんの無事をただ祈ることしかできずにありきたりの毎日を過ごすのかあ・・・・・・あーあ、もう一人のあたしはあんなことやこんなこともできるって言うのになー・・・あーあ」
そこまで言ってあたしはちらりとおっさんを見上げる。
「あああ、この心痛は癒せませんなあ・・・・・・癒せない・・・ラーメンでも食べないと癒せませんなあ・・・」
「え!ラーメンでいいんですか!?」
「じゃあやっぱりペンタブで」
「値段跳ね上がったああああ」
おっさんが絶叫していたが、気にしない。神様だろ神様ァと脅してペンタブを出させた。
ああああ私のポケットマネーが・・・・・・と泣いているおっさんを新しいペンタブを抱えて見下ろしながらあたしは釈然としない気持ちを弄ぶ(ってかペンタブ出現させるには金かかるんだ)。
だってあたしもあたしだよ!?
笹塚さんへの切符を当てたかに見えたあたしだよ!?
たった数分前まであっちのあたしとあたしは一人だったんだよ!?
あたしだけこっちの世界でフツーの暮らしなんてそんなの酷すぎると思いませんか。
でもそんなこと言ってこのおっさんを苦しめるのも可哀相だと思って(あたし、優しい!)あたしは精一杯ペンタブで喜んだフリをした。
「ふ・・・・・・なっかなかやるじゃないですか神様。おっさんのくせに」
「持ち上げたと思ったらまさかの貶し!」
ハイテンションのおっさんの眼差しにあたしへの謝罪を読み取ってあたしはしょうがない、と諦める。
「おっさん、なかなか楽しかったです。ジャンプの神様にも会えたし、分裂も出来たし、ペンタブももらえましたしね!」
だから、帰って休んでください。そう言ってちょっと笑うと、おっさんはしょんぼりオーラを出して立ち上がった。
「すみません・・・・・・分裂させるのは我ながらいいアイディアだと思ってしまったんです・・・残された方のことなんて、これっぽっちも、考えられませんでした・・・・・・貴方は、いい人だ」
「おっさんがそんなこというと胸糞悪いですよ!さあ帰った帰った!」
ドアから追い出すとおっさんは、あなたはいいひとなのできっといいことがあります、と神様から言われたとすればかなり嬉しい言葉を残して去った。
玄関の前であたしは伸びをする。
あああ、あしたからまた、日常が始まるのかあ。
「でも、なんか、心は軽くなった、よね」
もう一人のあたしが、笹塚さんを死なせないために奮闘してくれていると思うとなかなか心強いよ!うん。
・・・・・・羨ましいけど。
「さて、と。ジャンプ買いに行きますかぁ!」
あたしは財布を取りに寝室に戻った。
ドアを開けた瞬間吹き抜ける風。
あれ、窓開いてる?
窓開いて、アレ?
「・・・・・・窓の弁償してもらい忘れたァァァァァ!!!!!!」
・・・・・・・・・・・・・・
この話で主人公が分裂します。トリップした方→【遊狂】編 取り残された方→【幽境】編 で話が進んで行きます。・・・・・・我ながら面倒臭いこと思いついたと思う。