気がつけば一人
あたしがあっけらかんとお金も食料も明日着る服も今日帰る場所もない、家族も知り合いも居ないと言うと、鬼の副長は酷く驚いたようだった。


「その割りには随分こざっぱりしてるなァ?」

「でも確かに、いい年した息子をこんな風呂上がり同然の格好で外に出す家なんて考えられねェや」


だから土方さん怖いってば!
驚いた次の瞬間には疑ってかかるんだからホントもう流石副長!


「今まで、どうやって生きてきたんだ?」


難しい質問ですね、と笑いながらしばし考え込む。
あたしは、どんな風に生きてきたっけ?


「ふらふらと、生きてきました。
それがいけなかったんでしょうね・・・・・・。
気がついたら、ぬくぬくした世界から、着の身着のままでポンっと、放り出されていたんです」


土方さんは眉をしかめる。沖田さんはにやにや笑う。
その沖田さんの表情をみて、土方さんの顔が一層険しくなる。


「局長に相談してみねェことには・・・・・・
今日はもう帰れ・・・・・・っつっても、家がねーのか」


あははーとわざと声に出して笑い、そーなんですーと言うと土方さんはうざったそうに舌打ちした。
嫌われたかな、こりゃ。


「土方さん・・・・・・局長なら始めから聞いてやすぜ。さすがストーカー」

「総吾ォォォ!!!もう、なんか色々ダメだよそのセリフ!」


大声で叫びながらガラリと襖を開け放つその姿にあたしは思わずにやけ・・・・・・いや、微笑んだ。
ちなみにあたしは局長がやすりでケツを拭いたときから近妙派です!


「トシ、金もない、家もない、身よりもないは、昔のお前達と一緒だろう。どんな形であろうと江戸に貢献しようとしてる。立派なことだと思うけどね、俺は」


近藤さんには弱い土方さんがうっ、と言葉に詰まる。
近藤さんは純粋で、お人よしで、その言葉を否定することなんてできやしないんだ。
例えあたしがスパイかもしれないとか、そういう疑いがあったとしても、純粋な彼の言葉を否定するなんて、できるわけがない。
土方さんや沖田さんたちと一緒、と言われてしまうと胸が痛むのだけれど。
ウチの両親は健在だ。多分。

それでも、


くん、今まで君が居た場所には、もう戻れないんだよな」


近藤さんの穏やかな、暖かい声がそう尋ねたとき、思いがけないほどの感情がこみ上げるのを感じた。
今まで、どれだけの時間、どれだけの距離家から離れても、ホームシックになったことなんてなかったのに。
それは、帰ることの出来る保証を勝手に思い込んでこその、安心の上に成り立った、生ぬるい強さだったんだ、な。


「・・・・・・はい、戻れないんです」


声が震えなかったことに安堵しながら、あたしは笑みを作った。
泣いてくれる近藤さんに、申し訳なくて、ありがたくて、だからこの人は、こんなにも皆に慕われるんだなあ、としみじみと実感した。





嘘だ。
はっきりと分かった。
こいつがここに来て初めて見せた、明らかな偽り。

この笑み。

口と目はうっすらと弧を描いてはいるが、青ざめた顔から感じ取れるのは遥かな絶望だけ。
近藤さんじゃなくても泣きたくなった。

この細っこい、こ生意気なガキを、抱き締めてしまいたくなった。





驚いた。
土方の野郎に何言われてものほほんと返していたこいつが、たった一言で色を失った。

泣くかと思った。
震えない声が逆に痛々しかった。
その笑みは見ていられなかった。

一体この育ちのよさそうな坊ちゃんに、何があったんでィ。




モドル