ここは銀さんの世界で、だから着物の人が異常にいて、触角生えた人とか魚みたいなひととか鳥みたいなひととか一杯居て、女の人はあんまりこんな甚平着なくて、だからあたしはさっきからナンパだの小僧だのお兄さんだの言われてて、そしてこの世界が暗いのはきっと、
銀さんの、ため
で。
呆然と銀さんの名前を呟いたあたしに銀さんが訝しげな視線を向ける。
(あ、まずい、な)
焦り始めたあたしを余所に、銀さんはぽん、と手を叩く。
「ああ!もしかして多串くん?縁日の金魚は大きくなった?」
(・・・・・・ソレ誰にでも言っとるんかいィィィ!!!)
心の中で盛大に突っ込みつつ、あたしは、あ、コレまじでどーしようと思った。
どくどくと鳴る心臓の音が思考を妨げる。
心拍数が、やばい。
「いや、あた、お、俺は、ただの・・・・・・ファンです万事屋さん」
「・・・・・・は?」
「サイン下さい」
言葉とは裏腹にあたしの足はじりじりと後ろに下がる。
触れていいものとわるいものがある。
あまりにも綺麗過ぎるものには触れちゃいけない。
触れちゃいけないんだ。
銀さんは強い。
そう、分かっているけど。
きん、と研ぎ澄まされたその美しさは、いくらぼーっとした顔を作っていても、いくらマダオでも、一般ぴーぽーが触れていいものじゃない。
ましてあたしは二次元のひとですらないのだよ!
「うーん、銀さん今ペン持ってないんで握手で・・・・・・アレ?」
俺のファンの子どこいったのォォォォ!!!と叫ぶ麗しい声を背中に、あたしは速くもない脚をひたすらに動かした。
*
「銀さん」
そう呟いた少年の声はまだ声変わりしていなくて、不思議に印象に残った。
甚平の裾から細い白い手足がにゅっと出ていて戦闘には明らかに不向きだ。整った顔にもどこか暢気そうな雰囲気を漂わせている。
そうして俺のファンだと嘘くさい事を言ったくせに少年はあっという間にどこかに消えてしまった。
「さっき銀さんのファンだって子に会ったんだけど」
「エイプリルフールにはまだ早いですよ銀さん」
「そうアル。くだらないこと言ってねーでさっさと夕飯作れ天パ」
「えぇぇぇぇ完全否定!?」