「炭酸ソーダの柔らかな夢」





うちのクラスの沖田君は眉目秀麗で文武両道で愛嬌があって人気者で、だから3年Z組担任の私は、教科担当の先生や、時にはそれ以外の先生からも、
「沖田君はいい子ですねぇ」
と言われる。
面白くて、とか、利発で、とか、明るくて、とか、その後には色々つくのだけれど、その度に私は誇らしくなって、でも少しかなしくなる。


それはなぜかというと。


うちのクラスの沖田君は人気者でざっくばらんでおおらかで、敬語なのかそうでないのか分からないような敬語を使う。
だからタメ口で話されてもつい流してしまう、と可笑しそうに右隣の机の先生が話していた。(躓いたフリしてコーヒーかけてやった)


うちのクラスの沖田君は教師を教師と思わないような態度で有名で、でもそんなとこも憎めない、らしい。
だから沖田君は大抵の先生をあだ名で呼ぶ。
先生、が語尾に付けばいい方だ、とわざとらしく怒って見せながら左隣の机の先生が話していた。(おおっと手が滑ったといいながら頭をぽかりと)



そうしたら、私はどうすればいいのだ。


いくら親しくなったつもりで居ても、彼は決して私の名前を呼ばないのだ。
苗字すら呼ばないのだ。まるで距離を置くように。


「先生」


とただそれだけ、にこりと非の打ち所の無い笑顔でそう言うのだ。














うちのクラスの担任は若くて美人で頭が良くて人気者で、だから教科担当のクラスの奴らとか、時には関係ねェクラスの男どもからまで、
「いーなぁ先生が担任」
と言われる。
美人で、とか、面白くて、とか、可愛くて、とか、その後には色々つくのだけれど、その度に俺は少し優越感に浸って、でもイラつく。


それはなぜかというと。


うちのクラスの担任は人気者でざっくばらんでおおらかで、生徒の言葉遣いを特に気にしない。
だからついタメ口で話しちまうよな、と右隣の机のヤツが同意を求めてきた。(無言で椅子を蹴り倒した)


うちのクラスの担任は『生徒とお友達』感覚の、でもそれがムカつかない珍しいタイプの教師だ。
だから担任は大抵の生徒をあだ名で呼ぶ。
苗字で呼ばねーよな、先生、と感慨深げに左隣の机のヤツが言った。(無言で机を蹴り倒した)



それなら、俺はどーしたらいーんでィ。


どんなに仲良くなったつもりでいても、彼女は決して俺の名前を呼ばないのだ。
苗字に君付け。まるで距離をおくように。


「沖田君」


とただそれだけ、にこりと非の打ち所の無い笑顔でそう言うのだ。













「あ、先生」

「あ、沖田君」


沖田総悟の、非常に珍しい「先生」が、混雑した廊下の空気を凍りつかせる。
ずざざざーっと人の波が割れる。
気づいていないのは本人たちばかり。



「今日は、髪、結んでないんですね」

「そう。変?」

「いいえ、とても素敵です」

「あら・・・ありがと」



にこり。
にこり。

沖田総悟の珍しすぎる標準語と、3Z担任の珍しすぎる柔らかな言葉が、廊下に出来た人垣を構成する人間全員の血の気を引かせる。
よろり、倒れかかる生徒、がたがたと震え始める教師。
気づいていないのは本人たちばかり。


「では、失礼します」

「じゃあね」


にこり。
にこり。

踵を返す前に二人は微笑みあう。
沖田総悟との周りにキラキラと薔薇が散る。
それに誘われてふらふらと近づいてしまった愚か者が居た。
手にはプルタブを上げたサイダーの缶。
サイダーで酔ったわけでもなかろうに、やめろという友人の静止も聞かず、おぼつかない足取りで、二人に近づき、


ばしゃり


見事にサイダーを引っ掛けた。
互いに背を向けて歩き始めていた『沖田君』と『先生』、その背中にである。


(――――――!!!!!!!)



見る者全ての顔が蒼白になった瞬間だった。


くるり。
くるり。


究極の微笑がサイダーの生徒に向けられた。
薔薇はパリパリに凍った絶対零度。
液体窒素に漬けたバナナでは人も殺せるらしい、よ。













「やるじゃねーですかィ、先生」

「君もな、沖田君」



被害者の頭に同時に上段蹴りを決めた二人は奢らせたサイダー片手に笑いあう。
呼び方は相変わらずだけど、遂に二人は真に理解し合った。

・・・理解し合ってしまった。


・・・・・・ああああああああああああ!!!!(全校の皆さん心の叫び)










先生、若くて実力のある、いい先生なんですけどね・・・」

「沖田君って、かっこいいし、面白いし、最高なんだけどね・・・」

「容赦ないよね」

「いや、なんていうかさ、楽しんでるよね」

「何を楽しんでるかって言うとさ、」

「・・・うん」

「・・・うん」

「まあ、あの二人に関して確実に言えることはさ、」





「ドS」











・・・非の打ち所の無い、と思っていたのはお互いだけ。












2009/02/28「High school High life!」