(吾代忍金持ちパラレル!)









「忍、今年のクリスマスの予定は?」

風呂から上がってきたがどさっとソファーにうつぶせになって忍に尋ねた。
忍はの濡れたままの髪を見て、温かく乾燥した大きめのタオルを運んでくる。

「ほらよ、タオル。……まだ決まってない。パーティの招待状はわんさか来てるが。まあ目ぼしいのは2つ3つだな」
「タオル気持ちいいー…あったかあい……。忍、髪拭いてよ」

はふかふかのタオルに一旦顔を埋めたが、すぐに顔から離して忍へ差し出した。

「ったくしゃーねーなァ」

忍はからタオルを受け取りソファーの横に跪いて、のつややかな長い髪をそっとタオルで包むようにした。髪をもっとも痛めないタオルドライの方法も勉強済みだ。
バスローブの隙間から見えるの桃色のなめらかな背中からはそっと目をそらす。どうしても目に入ってしまううなじには、触れてしまわないように細心の注意を払った。

「右妻グループのパーティに行きなさい。あそこのお嬢さん忍のこと気にいってたでしょう」
「…ああ……わかった」

髪を掻きあげる途中で耳に触るとの身体がわずかに震える。忍は動悸を抑えきれず、一瞬反応が遅れた。もう慣れたことなのに。

「ねーちゃんはどうすんだよ」
「私は早坂さんとクリスマスディナー」
「あァ!?あのチャラチャラした若造とか?」
「あのね、すぐに弟に飛びつくのはやめなさい。兄の方よ」
「なら、いいけどよ」

はァ、と溜息をついて忍はの髪に集中した。どうもあの弟は気に食わない。兄の方だってうさんくさいのには変わりないのだが。

「お嬢さんには別に、気のきいたプレゼント、持って行くのよ」
「わあってるよ」

右妻の娘のプロフィールを頭に思い浮かべながら、忍はプレゼント選びをシミュレーションしはじめた。











「吾代さん、私と一緒に抜け出しません?お付き合いしてくださいよ」

綺麗に着飾ったお嬢様が忍の目の前でかわいらしく微笑んでいる。
お肌もすべすべ、贅沢してるだろうに華奢な体をして。

「付き合……どちらにですか?」
「言わなくったって、わかるでしょう?」

まだ若いのに、お姫様のような外見をしているのに、あまりにもなまめかしく適度にねっとりとした目つきをする。こりゃ相当な数の男落としてきたな、と忍は思った。数年前の俺だったら、喜んで頂いていただろうけど。
そこまで考えて、ふと思いついた。……は、早坂に誘われてはいないだろうか。突然、心臓が圧迫される。お嬢様の視線に我に返り、慌てて口を開く。

「申し訳ありません、右妻さん。私この後重要な打ち合わせがありまして」

動揺してしまった。ひどい言い訳だ。
案の定お嬢様は気を悪くしたようだったが、そこはさすが、すぐに微笑んだ。

「あら、そう?それではお暇いたしますわ」

追い打ちをかけるなんて無様な真似をするわけがない。
右妻の娘はひらりと身をひるがえして忍の前から華やかに消えていった。

「……ねーちゃん、ごめん……」

右妻グループとは、良好な関係を築いてきていたのに、忍が台無しにしてしまった。
せめて娘に言ったことを実行してみせようと、忍は帰り仕度を始める。

「おや、忍くん。もう帰るのかね」

後ろから右妻の声が掛かった。右妻はさすがにに対してはこのような口調では話すことはないが、忍のことは若造だと舐めているのか、娘のこともあって親近感を出そうというのか、まるで父親のような口をきく。

「はい、そろそろ失礼いたします。とても楽しませていただきました。ご招待いただきありがとうございました」
「まあまあそう固くならずに。これからもよろしく頼むよ。吾代社長にもよろしくな」

右妻がのことを「くん」だの「さん」だの言わなくてよかった、と忍は思った。前に一度それを聞いたときは自分を抑えるので精一杯だった。あのときはが隣にいたから良かったが、一人ではどうなったかわからない。これ以上のビジネスの邪魔になるのは嫌だった。

「こちらこそよろしくお願いします」

忍は慣れてきた営業スマイルを顔にのぼらせる。


   


パーティのあったホテルを出て、忍はもう一度ホテルを振り返った。派手なイルミネーションが目に痛い。見送りに出てきた右妻の部下たちが(車は断った)、改めて頭を下げるのが目の端に映った。
かすかにクリスマスソングが聴こえる。
忍は踵を返してホテルを出た。
今年はホワイトクリスマスとなった。
昼間散々汚された雪の上に、うっすらと新しい雪が積もり始めている。
忍の靴の下で、雪はぐちゃぐちゃと嫌な音を立てた。
脳裏に右妻の娘のねっとりとした視線がよぎる。
そして乾いた風貌の、紳士然とした早坂兄のやたら嘘くさい笑顔が思い浮かんだ。嘘くさいのは笑顔だけで、実はいい奴だとは分かっている。しかし、も、忍が早坂久宜をいい奴だと思っていることを、分かっている。
忍は溜息をついた。重苦しい気持ちになる。じりじりと心臓の底を冷たく焼かれているような。ドライアイスを押しつけられているのかも。
だが、こんな感情にももう慣れた。慣れたからといって苦しくないわけではないが、もう慣れた。

忍は会社用とは別にしてある携帯電話を鞄から取り出して開き、リダイヤル画面を出した。そこにずらりと並んだ同じ名前を見つめながら決定ボタンに指を乗せ、目をつぶり、首を振って、携帯をぱたんと閉じた。
また開く。
閉じる。
三回目に開いて、閉じて、忍は携帯電話を鞄の奥に放り込んだ。

今夜はクリスマスだ。街は明るい。







は断りをいれて席を立った。
化粧直しのためだけでも、用を足すためだけでもない。
二人だけの食事の席で携帯電話を開くわけにはいかないから、今晩は携帯電話の音もバイブも止めてある。しかしクリスマスだとはいえ何があるかわからない。所詮日本はキリスト教の国ではないのだし。
携帯電話に何か連絡が入っていないかどうかのチェックのためであった。
会社用の携帯電話にメールが数件。
取引先用の携帯電話にも数件と、PCアドレスにメールが届いたことを知らせるメールが数件届いていた。
全てメールであることから、急ぎの用ではないはずだが、ひととおりチェックする。軽く済ませられる用件には短く返信をして、残りはスルーした。
そして一番使いなれた最後の携帯電話をカチリと開く。

『新着メール 1件』

手紙をかたどったアイコンがメールの存在を主張していた。

「あらあら」

は化粧室の大きな鏡の前でひとり、にっこりと微笑んだ。







ばたん!

楽しげにリビングのドアが開いた。
ソファーでうつらうつらしていた忍はハッと目を覚ました。

「忍ちゃんたっだいまー!寂しかったでちゅかーっ!?」

いつもより着飾ったが、なにやら大きな包みを抱えて部屋に飛び込んできた。忍はがばりと跳ね起きる。

「おッせーんだよねーちゃん今一体何時だとッ」
「さあて何時でしょう忍くん」

ぴっと白い指がさした時計を見ると、時計の針は10時過ぎを示していた。

「な……!なんでこんなに早く帰って来てんだよ?!」
「さあてなんででしょう忍くん」

パカッと開いた携帯電話の画面には、まぎれもなく自分が数十分前に送ったメール。


『早く帰って来いよな』


カァッと赤面した忍には意地悪く笑う。

「うちの副社長がなにやら急ぎの用があるようなので、って言ってきちゃったぁ〜」

忍は顔を赤くしたまま口をパクパクさせる。

「だいじょーぶメールは見せてないから」

忍の頭に早坂久宜のにやにやした顔が思い浮かんだ。不思議とその笑顔からうさんくささは感じなかった。

「いい子でお留守番してた忍くんにプレゼント。メリークリスマス!」

は包みを両腕で抱え上げ、忍の膝にそっと乗せた。その重みと、「いい子」という言葉に忍はパーティでの事を思い出した。

「ねーちゃん、俺……」
「はいはい、分かってる分かってる」

おねーちゃんはなーんでもわかってるのよー、と歌うように言いながらは忍の隣に腰かけた。

「お姉ちゃんがついてない忍に、女の子のご機嫌取りなんてできないことぐらいわかってたのよ」

口調は優しいが言葉の端々はぐさぐさと忍に突き刺さった。
先ほどの口調だと、は早坂久宜との食事を円満に終えることができたのだろう。
忍は己の役に立たなさを突きつけられたような気がした。身が縮む思い。これがまさに。
は忍に寄りかかり、忍の髪を撫でながらまた口を開いた。

「それにね、ほんのちょっとだけど、失敗すればいいと思ってた、し」
「え」

忍は至近距離にあるの顔を見ようとして失敗した。
だぁってあの子、私の前で忍にべたべたべたべたしちゃってさァ、腹立つったら…とこぼしているの鼻の頭だけが前髪の下に覗いて見える。
忍はの鼻の頭に手を伸ばした。鼻をすっと撫でるとはすん、と鼻を鳴らして、忍の手をぎゅっとつかんだ。

「……ねーちゃん、手ェ冷てェ」
「じゃああっためて?」

は忍の膝の上の包みを放り投げると、忍の膝にまたがり、リズムよく一気に両手を忍の首筋から背中に突っ込んだ。

「うわわわわわ冷たい冷たい冷たいやめろって!!!」

はキャッキャと声をたてて喜び、忍にそのまま抱きついた。

「マジで冷たいからソレ!マジで!」
「メリークリスマス忍!」
「はいはいはいメリークリスマスぅ!!」





いい子じゃなくてもいいよ




(で?これ、中身なんだよ)
(開けてみな!開けてみな!)
(……)
(ジャッジャーン!くまさんでした!これで一人でも寂しくないね!)
(……)






 


2010/12/1 ETC様に提出 空野蛙/お題:Fortune Fate