(吾代忍金持ちパラレル!)





「お、ねーちゃんやぁっと帰って来たな!」

がリビングのドアを開くと忍がソファから飛んできた。
身長は190もある大男だというのに、いつまでもいぬっころで可愛い。とは思っている。

「なぁに、寂しかったの?」

金の短髪をぐしゃぐしゃと撫でてやる。

「ちっげーよ、ちょっと質問があってよ」
「ふーん?」

はコートを脱いで忍に渡すとソファにぐだっと座った。忍は居間にあるコート掛けに丁寧にコートを掛け、ブラシを軽くかけてから、の隣に腰掛ける。はくああ、と伸びをし、こてんと忍の肩に頭をのせた。

「疲れてんなぁ、社長さん」

忍は目蓋をおろしたの体温を心地よく感じながら呼びかける。

「そーよ。だれかさんはどうして残ってくれなかったのかなぁ?あたし、一人で頑張ったんだから」
「ああ、それがよ」

忍はそこで言葉を切ってぽりぽりと頬を掻いた。口に出すのは、思ったより憚られた。




今日の夕方、上がりの定時に部下が忍の机までやってきて囁いたのだ。
新しい企画の特設チームのメンバーで、手芸が得意な、穂村。

「忍さん、このあとちょっと付き合ってくれます?」
「あァ?や、だめだ仕事手伝わねぇと後でヘソ曲げられる」

数年前まで忍は下の名前で呼ばれでもした暁には相手をぼこぼこに・・・はしないまでも一発殴るぐらいはしたもんだが、今は仕方ない、姉が同じ会社の社長なのだから。

「お願いしますぅー。頼めるの忍さんだけなんですよぉ」

ぐいっと眉を下げた穂村に、ハタチもとうに過ぎた男が見苦しいとは思ったが、忍の人の良さはなにしろ群を抜いている。

「・・・仕方ねーなぁ、可愛い部下のためだ、姉貴も許してくれっだろ」
「ありがとうございますっ!」

ぶんぶんと尻尾を振るような25の男を、すっかり可愛いと思ってしまうようなお人よしなのだ、忍は。




「昨日の女子フィギュア見ました?」
「オリンピックはもう終わったんじゃねェのか」
「もうかなり前に終わったじゃないですか!!!再放送ですよ、再放送」
「あー・・・まァ、どっちにしろ見てねェ」

そうして強引にレストランに忍を連れてきた穂村は、しかしなかなか話を切り出してくれなかった。話をあからさまに逸らされすぎて、忍はどうすればいいのか戸惑う。

「忍さんが聞いてくださいよ!」
「は?」
「こう・・・空気読んで、『で?』みたいなこと聞いてください・・・ってそれは虫が良すぎました、すみません」

穂村はしゅんと落ち込む。くるくると表情が変わる男なんて全然求めてないと忍は思うが、やっぱり部下は可愛いものだ。

「・・・・・・さんのことなんですけど!」
「あァ?!」
「ひぃぃ!ごめんなさいぃぃ」

忍はつい凄んでしまう。今、姉を下の名前で呼ぶ必要はないはずだ。姉は吾代社長だ。ずっと。
いくら可愛い部下とはいえ、許せないものは許せない。

「社長と呼べ社長と」
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!」

テーブルに頭をぶつけそうな勢いで穂村は頭を何度も下げる。いっそそのまま頭をぶつけて死んでしまえ、と忍はなんとなく思う。

「あの・・・・・・ぼく」

テーブルぎりぎりに額を下ろしたまま、穂村はつぶやいた。聞き取りにくくて仕方がない。

「ぼく、社長が好きなんですよね」

それは、自明の事実である。うちの会社の社員は、老若男女、全員が全員、を好いている。でも自分ほどのことを好きなやつはいないだろうと忍は常々思いながら、ひそかな優越感に浸っていたのだ。
でも、そんなことならわざわざ忍を呼び出して飯を奢ってまで言うことではないので、きっと穂村はに対して、忍が持つより強い愛情をもっていると勘違いしているのだろう。

「好きで好きで、社長と話すのもままならなくて」

せっかく特設チームに選ばれたのに、と穂村はとうとう額をテーブルに押し付けながら言った。忍はすこし気の毒に思った。

「忍さん、明日は何の日か知ってますか?」

穂村が顔を上げて忍に尋ねる。

「ホワイトデーだろ」

に毎年強請られているので忘れるわけがなかった。の贔屓のショコラティエに特別注文して、専用のチョコを作らせた。

「え、忍さんが知ってるって、なんか意外です」
「るせーよ俺だって返す相手ぐらいいるんだよ」
「や、そーいう意味じゃないですよ!」

じゃあどーゆー意味だ言ってみろと穂村をからかいながら忍は穂村について考えてみる。

(まァ、いーんじゃねェ?)

もちろん姉の気持ちが最優先だが、この男がしばしの間吾代家に訪れるようになっても、それほど気にならないだろう。

「えーと、それで、ですね・・・」

穂村は咳払いをした。

「社長が、どういうタイプが好きか、聞いて欲しいんですが」
「そこからかよ!」

忍は内心盛大に驚いた。そして幻滅と安心を一緒に味わった。
わざわざ呼び出すぐらいだから、と会う機会を作ってくれとかそういう依頼だと思ったのに。
俺があーだこーだ言う前に、そんなことも自分で聞けない男なんて姉は願い下げだろうな、と思ったが、もしかするともあるかもしれない、と思った。

(姉貴はアレで可愛いものずきだから)

うぶだとか中学生みたいだとか言って喜ぶかもしれない。

「え、なんかまずかったですか・・・?」
「いや、なんでもねェ」

とりあえず家に帰って訊ねてみようと思ったのだ。自分も、興味がないわけじゃない。




「あの、よ」
「だからなによぉ」
「・・・・・・」
「忍ー?」
「・・・あ!忘れてた!」
「ちょっといきなり叫ばないでよ耳元で!」
「わり。いやさ、ねーちゃん今彼氏いる?」
「ん・・・?いな、い?多分いないと思うけど?なんで?」
「なんだよその曖昧な返事・・・いや今日姉貴の男のタイプってどんなんか聞かれたんだけど」

忍の肩から頭を離したは忍が思ったよりちゃんと考えた。

「そーね・・・顔のいい男は好きよ」

まあ引き立て役になれるくらいにはいい顔じゃないといけないだろう。

「背はうんと高い方がいい」

そのほうが見栄えがいいのは確かだ。

「仕事ができるのはもちろんだけど、よく気がきくことは必須ね」

気がきかないやつを姉がそばにおいておけるわけがない。

「スーツが似合うこと」

スーツが似合うってのはスタイルがいいってことか?とそこまで考えて忍がふと視線を上げると、とばちりと目が合った。
は微笑みをうかべ忍の顔を見ながら指折り数えていたのだ。

「ね、ねーちゃん?」
「人に優しいこと」
「ね・・・・・」
「私にはもっと優しいこと」
「・・・・・・」
「あとはね・・・うーん・・・まだいるの?」
「いや、もういい・・・なんか恥ずかしくなってきた」
「あらなんで?」
「だってねーちゃんが」

しかも時々忍の頬をするりつるりと撫でるのだ。始末が悪い。

「忍、明日はなんの日か知ってる?」
「ホワイトデーだろ」
「うんうん。いいこいいこ。でもね、ホワイトデーはお返しの日でしょ?石村萬●堂が画策した」
「それ言っちゃ駄目だろ」
「今すぐ忘れなさい」
「へいへい」
「ホワイトデーはお返しの日なの。だからね、明日あたしが男にモノ貰ってたらあたしがバレンタインデーに何かあげたみたいになるじゃない」
「あ、そういうもんか?」
「他は知らないけどね、あたしはそう思うわけ。だからその人には悪いけどおとといきやがれって伝えといて。おとといじゃだめか・・・一ヶ月前にきやがれって」
「話くらい聞いてやる気ねェか?」
「ありません。その人のはマナー違反です」

フンと、なぜかは勝ちほこったような顔をした。





は小さい頃から人気者だった。毎日たくさんの友達が遊びに誘いに来た。

「待っててー」

着るものにも構わず、はあっという間に走り出る。忍はそれに置いていかれないようにするのが大変だった。
玄関で声が聞こえた瞬間に、忍はそれまで何をしていようが、それを放り出してのあとを追った。
昼寝していたならタオルケットをはねのけ、おやつを食べていたならスプーンを投げ捨て、ねうえねうえと言いながらのあとを追った。
厳しい母親のしつけに逆らえるのもだけだった。姉の背中をずっと追った忍はどうしても母から逃れられなかったのに。

「ねうえー」



「うん、だからね、その草の根っこには毒があるんだけど、はっぱにはないから大丈夫なんだって」

は周囲の大勢の友人に教えた。感心の声があがる。
忍はさっきからおいてきぼりである。
の周りは忍より大きいお姉さんお兄さんたちばかりで、の顔も見えない。忍のより大きい歩幅でずんずん進んでいく。ついていこうと忍は懸命にあしを動かすが、おくるみにあしが生えたような赤ちゃん服には限界があって、早く動かせば動かすほどあしが絡んで、ついにはぽてりとこけてしまった。
びたん、と体の前面が地面にぶつかった。忍は頑張って立ち上がろうとして、一旦座ってみる。顔がじんじんする。手をそろりと持ち上げてじんじんするとこを手のひらでこすると、手のひらに土がついて黒くなった。

「・・・ねうえ」

忍はぽつりとつぶやいた。
忍が転んでいる間にたちは随分先に進んでしまっている。

「ねうえぇぇぇぇ・・・」

びええええん、と声を上げて泣き出すとはあっという間に忍のところに駆けつけた。

「しのぶごめんね、だいじょうぶ?」

やさしくたずねられて忍がいっそう大きく泣き声を上げると、ひょいと持ち上げてだっこしてくれた。いつだってそうだ。
その日、家に帰って忍が「明日はしのぶと遊んで!」と主張すると、「いいよいいよ」とにこにこして承諾してくれた。わがままを言えば、いつだって最終的にはは忍のものなのだ。




俺は、わがままを言わない大人になったのに。と忍は思った。
どうして今もは俺のものなんだろう?

「忍くんはこのごろ冷たいでちゅねー」

がすこし寂しそうに言った。

「はァ?なにがだよ」
「お姉ちゃんに恋人ができても寂しくないでちゅか?」
「寂しいわけあるか!!!」
「ふーん・・・」

は忍から離れてくるりと背を向けた。

「どうせ私なんてさぁ、いらないお姉ちゃんなんだ」
「何言ってんだよ」
「私なんて居なくたって忍は大丈夫なんだ」
「・・・・・・大丈夫じゃねーよ」

忍はためいきまじりに言葉を吐き出した。全くこの姉はとんでもない育ち方をしたもんだ。
がちろりとこちらに目をやったのを目の端に捉えながら、正面を見て軽く目蓋をおろす。

「俺はねーちゃんがいないと一秒だって生きていけません。これでいいですか!」

がじりっと動く気配がした。

「いいです!」
ガンッ!

がばっととびついてきたを受け止め損なって、忍はソファーの背で後頭部を打った。

「痛っ!」

は忍の上でけらけらと笑う。
忍が目を開けると、の唇は美しい弧を描き、の両腕は忍の腰に巻きついた。
は忍をぎゅっと抱き締めながら叫ぶ。

「忍大好きー!」
「・・・はいはい」
「大好きー!」
「わかったわかった」

結局俺はわがままを口に出してなかっただけだったんだな、と忍は思う。なんだ、口に出してた子供時代より、よっぽど面倒な弟になってるじゃねェか。
忍は可笑しくなってぷはっと吹きだした。

「俺も」
「それは知ってる」
「・・・っせーよ!」



君のために空けておいた両手
(これからもずーっと!)






2010/03/14 ETC様へ提出 空野蛙/お題:Fortune Fate